002 尋問
薄暗い控え室で、アンナは膝の上で手を握りしめていた。
何度も深呼吸を繰り返しても、鼓動の高鳴りは収まらない。
そこへ、重い扉がきしむ音とともに開いた。
入ってきたのは衛兵二人と、中年の男性、そして制服姿の青年の4人だった。
「これより事情を伺う。落ち着いて答えてくれ」
低く澄んだ声。見慣れぬ騎士――群青色の髪の青年が真っ直ぐにこちらを見ていた。彼の胸元には騎士団調査役を示す紋章が光る。
4人のうち中年の男性が一歩前に出る。
「アルセアナ・グランジェ――お前に、王妃様毒殺未遂の嫌疑がかかっている。心当たりは?」
静かながらも威圧的な声。アンナは首を横に振った。
「私は、毒など盛っていません。すべて自分で毒味もしました」
「だが、お前が毒味をした直後、王妃様が倒れた。料理の中に異物はなかったというが、何か細工をしたのでは?」
男の目が鋭く光る。
「違います、私は何も…!」
アンナの声が少し震えた。だが、まっすぐに取調べ役の目を見返す。
「王妃様の食事を準備したのは誰か覚えているか?」
「はい。料理長の指示で給仕されたものを、私が毒味しました。料理長も、給仕長も確認しています」
「――ふむ。では、王妃様の体調を崩した原因は何だと思う?」
「…私にはわかりません。でも、私が毒を盛ったのではないことだけは信じてほしい」
沈黙が流れた。
そんな中、制服の青年だけは一歩引いた場所でじっとアンナを観察している。
(やはり、私が一番疑われるわよね…。でも、)
「……ですが、失礼します。」
アンナは、少し唇を噛み、それでもしっかりと尋問官を見つめた。
「王妃様の症状ですが、私が毒味した後、ほんの少し時間が空いていました。もし料理に毒があれば、私にも同じ症状が現れるはずです。侍医様もご覧になったはずですが、私は今、無事です」
尋問官が目を細めた。
「毒味役が毒に強い体質だった場合はどうする?」
「それは十分ありえますが、同じ皿の料理を、すぐに口にした侍女も無事です。また、異物が混じる可能性もゼロではありませんが、配膳時に他の従者も確認していたはずです。“なぜ王妃様だけが倒れたのか”――その部分を、私も知りたいのです」
衛兵が顔を見合わせる。尋問官の目が少し和らぐ。
「控え室で待機していろ。新たな証言があれば、すぐ呼ぶ」
アンナは静かに頭を下げ、再び扉の閉まる音を聞いた。
尋問官が出ていったあと、アンナは別のことを考えていた。
(いま、この件で疑われているのは、私だけなのか?
それとも…料理長や配膳係、同じ毒味役たちも拘束されている?)
春の宴に関わった人間は多い。
料理を作った料理長、最後に運んだ給仕長、その場にいた侍女――
(毒が本当に料理に入っていたなら、私も、侍女も、倒れているはず。
……それとも、料理ではなく、たとえば王妃様のグラスだけ、何者かがすり替えた?
今この場で、ほかに誰が尋問を受けているのか…知りたい。
全員が一堂に集められたのではなく、個別に呼び出されているのだろうか)
扉の向こうから、ときおり別の声や足音が響いてくる。
(あの足音は、同じ毒味役の…? あるいは料理長…?)
アンナは冷静に分析しながらも、誰が本当に疑われていて、誰が既に解放されたのか――
というか、常に考えを巡らせなければ、正気を保っていられそうになかった。
ふと扉の外が騒がしくなったと思うと、慌ただしい足音とともに複数の衛兵が部屋に入ってきた。
「アルセアナ・グランジェ。お前に新たな証拠が発見された」
尋問官が紙片のようなものと、小瓶を手にしていた。
小瓶には、アンナが毒味をしたはずの料理の残りと同じ色の液体が入っている。
「王妃様の膳に添えられていた小皿から、この毒の痕跡が見つかった。さらに、薬房でお前の持ち物から、これと酷似した成分の薬瓶が発見された」
――それは見覚えのない瓶だった。
だが、「アンナのもの」として薬房の棚から発見された、と告げられる。
「違います、それは私のものでは――!」
アンナが叫ぶ間もなく、衛兵たちが両脇を固めて手を拘束した。
「王妃様を毒殺しようとした罪、国家への謀反――その疑いで、あなたを連行します」
冷たい鎖が手首にかけられた瞬間、控え室の空気が一気に凍りつく。
(どうして……こんなことに……)
極刑もありうる、王家への反逆者としての烙印。
アンナの目の前が、ひどく遠く霞んでいく。
衛兵たちに腕を取られ、足を引きずるようにして廊下へと連れ出されるアンナ。
その後ろ姿を、壁際に控えていた若い騎士――セランが、じっと訝しげに見つめていた。
(彼女は、本当にやったのか……?)
銀色の瞳が、扉の向こうへ消えていくアンナを最後まで追っていた。
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