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第4話

「何?」


「何度でも殺しに来てほしかったから生かしただけだ。戦いを望んでいないだとか、そんな理由じゃない」


「何故死にたい。お前の力は、人間の希望だろう」


「あぁ、そうだ。そう在るように言われ続けた。勇者という称号は、誉であると同時に鎖だ」


 人間の希望となるような立ち振る舞い。

 人間の希望となるような力。

 人間の希望となるような、在り方。


 ただの少年であった私は、勇者に選ばれた瞬間から『勇者』として生きている。

 私の名を呼ぶような人は、誰もいなかった。

 どこまで行っても、私は『勇者』で在り続けなければならなかった。

 少なくとも戦いが終わるまでは、確実に。


「その期待に、希望には、応えなければならない。けれど、心のどこかでそう思っていた。それなら許されると思った。『勇者』として戦った先にある死なら、と」


「……そうか」


「こちらからも質問だ、魔王。何故この状況を作った」


「知れたこと。勇者と一騎打ちのためだ」


「王のすることとは思えないな。そこまでの武人であるのなら、我々はもっと早く決着をつけられたはずだ。一対一などを重んじる、頭の固い馬鹿であったなら」


「……見透かしているのは、そちらの方……だったか」


 魔王の圧が薄まる。

 この行動には覚えがある。

 前回と流れこそ違うものの、あの時と同じように起こるのだろう。


 詰まる話、臣下をわざわざ退けてまで私と一対一の状況を作り出したのは、これから始まる話を――魔王としてあるまじき言動を取ることを他に知られぬためであったのだ。

 長々と並べ立てた、魔王の滾りとやらは事実半分、嘘半分がいいところだ。


 魔王は玉座から立ち上がった。

 そして、


「なぁ、勇者よ」


 これまでの雰囲気を一変させて、問いかけてきた。


「余には力がある。恐らく、この世界を統べうるほどの力が」


「そうだろうな。それを危険視した国王が勇者を送った」


「今や戦いは泥沼だ。余と其方の力は幸か不幸か拮抗していて、お互いに決め手がない」


「直接刃を交えたことはないがな」


「余は、この戦いが正しいものだとは思えない。身を削り合うだけの戦いが……」


 片手を握り込んだ魔王は、見た目よりも幼く見えた。

 今の私とは正反対だ。

 老いぼれの精神を宿した私とは。


「だから、其方に頼みがある。いや、其方にしか頼めないことがある」


「…………」


「――余に力を貸してくれ。この不毛な争いを終わらせようぞ。今こそ世界は、生まれ変わるべきなのだ」


 握り込んだ片手は開かれて、私の元へと伸ばされた。


「……生まれ変わる、か」


「あぁ、そうだ」


「なぁ、魔王。一つ聞かせてくれ。お前の思い描く新たな世界とは何だ? その瞳の奥で、お前は何を夢見ている」


 思い出すのは、魔王を倒して手に入れた平和。

 魔族を駆逐し、人間だけが支配者となった世界。

 異種族の屍の上に成り立った、他者を切り捨てることで得られた、血塗れの平和。

 それは確かに平和ではあっただろう。

 私も、やはりそこに不満はない。

 私を『勇者』と見出した者たちの思い描いた理想に乗ることを選んだのは、民も私も同じなのだから。


 だからこそ、勇者が必要とされなくなってからの長い時間の中で、ふと考えたのだ。

 他者を切り捨てるのではなく、その手を取ることで生まれる平和とは、どのようなものなのだろうか。

 或いは、あったかもしれない平行線はどんな未来に続いていたのだろうか。


 あの時手を差し出した魔王の理想とは、何であったのか、と。


「――余は、我慢ならん」


「――――」


「我らが何をした。其方ら人間に何をした。いいや、何もしてはいない」


 手を差し伸べたままの魔王が、私を見据えて言った。


「ただ、生まれ落ちた。其方ら人間が生を謳歌し、種を繁栄させるように、我らもまた、そうあるべきなのだ」


「――――」


「この戦争は、人間が仕掛けたものだ。余という存在を前に、遂に害と見做した人間が。それに対抗したに過ぎない我らが、何故滅ぼされなければならん」


「――――」


「我慢ならん。人間に我慢ならん。――何より、それに対抗することしか出来ぬ余自身に我慢がならん」


「……何?」


 聞き返せば、魔王は一歩こちらへ近づく。


「別の道があるはずだ。ただ戦うのではなく、滅ぼし合うのではなく……歩み寄る道が、あるはずなのだ」


「歩み、寄る……」


「そうだ。この手は、その始まりだ。最初の一歩である」


「どうするつもりだ」


「――滅ぼした末の世界でなく、争った故の末路でなく。余は、『魔族』という種を『人間』に認めさせ、新たな世を創り上げる」


 また一歩、近づく魔王。


 私はそんな絶対的な強者を前に、内心笑いがこみ上げていた。

 表層に出すことが無かったのはひとえに、年の功という奴ではなかろうか。


「歩み寄りというには、あまりに暴力的だな」


「虐げられた余の、最大限の譲歩よ」


「まさしく人類の敵だ」


「上等よ。今人間の頂点に立つ者どもに物申す時点で、人類の敵と見て相違ない」


 不敵に笑う魔王は、さらに一歩近づいた。

 この無遠慮さが、そのまま彼という人物と、為そうとする理想を表している。

 その瞳に、曇りはなければ迷いもない。


「さあ、『勇者』よ。答えを聞かせろ」


「…………」


 私は、心底呆れていた。

 無言になったのは、言いたいことがなくなったからではない。

 何を言い出すのかと思えば、結局のところ力技を取ることになるのだろう魔王の無計画さに、驚きを隠せなかったのだ。

 先まであれだけ圧を放っていた、人類を苦しめた、あの魔王が、である。

 もはや別人を疑うほどだ。


 ただ、それ以上に。


「……ははは」


 ――思わず笑みが漏れるほど、私の理想通りの答えを返してくれたことに、呆れていた。


 奴は本気だ。

 本気で、理想を掲げている。

 魔王として、現実を前にして尚、自分の気持ちに正直で在り続けている。

 なるほど、そういう意味でも私とは正反対か。


 なら、私は……いや。


「余の手を、取ってはくれまいか?」


「――嫌だね」


「…………そう、か」


「おっと、勘違いしないでくれ」


 目線を落とす魔王に、近寄りながら待ったをかける。

 そのついでに勇者としての印でもあった鎧を脱いでいく。


「今のは、お望み通り『勇者』としての回答だ」


 その選択は、既にしている。


「……まさか」


 魔王が目を見開く。

 言わんとしていることを理解したらしい。


 そう、その通りだ。

 私は『私』をやめる。

 『勇者』は今日限りでいなくなる。


 ――悔いのない選択を。


 もとより、そのつもりだったのだから。


「ここからは『勇者』じゃなく、『俺』として応えさせてくれ」


「…………」


「俺の名前はクラウス。――お前の理想に、力を貸したい」


「いい、のか?」


「あぁ、勿論だ」


「ふははは……フハハハハハ! よくぞ言った、クラウス!」


「……これからよろしく頼むぜ、魔王」


 照れくさそうに言いながら。


 『俺』は、魔王の手を取ったのだった。


「――さぁ、ならば始めるとしようか。クラウス、其方を王にする戦いを。全て叶った暁には、世界の半分は其方のものだ」


「……は?」

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