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第12話

「――やっ、おじいちゃん」


「……ここまで、でしたか」


 刹那の間に、誰も彼もがいなくなった。

 いるのは、船の中にただ一人、私だけ。


 見覚えがある。

 これは確か……バイキング、だったか。


 見つめる先には、支配人様がいる。

 笑みを浮かべているように見える支配人様は、バイキングの先頭から私と目線を合わせていた。


「夢、ですものなぁ」


「……楽しかったカイ?」


「無論でございます。十分に、満足いたしました。たった一度、死の間際に見るには、あまりに都合が良すぎる……そんな夢でございました」


「そうカイ。実際楽しそうだったネ」


「えぇ……改めて、本当にありがとうございました。この老いぼれ、もう未練も後悔も、ありはしませんとも」


「……ま、君がそう言うならそうなんだろうサ。夢はお察しの通りに終わリ。だからサ、最後に聞かせておくれヨ」


「何なりと」


 支配人様は、私を指差し。

 試すような目つきで、問うた。


「――君は誰だイ?」


 私は目を見開いた。


 魔王の手を取る前であったなら、『勇者』を疎みながらもその務めを果たしてしまった時であったなら迷っていたことだろう。

 だが、答えは得た。

 あの夢が、愛おしいほど鮮明な思い出が、私に教えてくれた。


「――私は、『勇者』クラウスだ。あいつが……魔王デルトロがそう呼んでくれた時からずっと、私は『勇者』だ」


「…………」


 突き付けられた指は、天へと向けられる。

 それが何を意味するのか、私には分からない。

 ただ、釣られて見上げた空は眩しいほどに澄んだ青空で、何とはなしに、それが私には嬉しかった。


 支配人様を前にしてそう言えたなら、私のやり直しは、少なくとも私にとっては価値あるものだったのだと思えた。


 だから、もう……。


「――素晴らしイ。よく言ったヨ、勇者クン」


「……と、言いますと?」


「忘れたノ? ただの夢じゃないのサ。君の理想は、夢は……君次第で現実にだって成り得る」


「……まさか、ですが……そのような」


「頑張った子にはご褒美を、それがこの遊園地のポリシーなのサ!」


 何やら光が煌めいて、支配人様の姿だけでなく全てが包まれていく。

 私は、自身の意識すら薄れていく中で、両手を広げていることをかろうじて目視できた支配人様を見つめていた。


「ありがとうございます、この場所を守る御方よ! 決して……決して忘れはしませぬ!」


「礼は必要ないのサ。君が勝ち取った、選び取った世界なんだから、好きに生きるといいのサ」


「――――」


「じゃあね、勇者クン」


 最後に聞こえたのはそんな言葉だった。


 気が付くと、喧騒が耳を打った。

 振り返れば、そこには見知った彼ら彼女らがいた。

 それが分かると同時に、安心感がこみ上げた。

 と同時に、どれだけ心のどこかで夢の終わりを覚悟していたというのに、いざこうなってしまえば安堵する自分が、酷く人間らしく思えた。


「む? どうしたクラウス?」


「……いや、何。風がな」


「感動で涙でも出てきたか?」


「生憎と、歳を取ってもその辺りは変わらんな。そういうお前は目元が腫れていないか?」


「可愛げのない『勇者』だ」


「こちらの台詞だ『魔王』め」


 私たちは大いに笑い合った。


 広大な青の中で友と語り合う今日のことを、私は決して忘れはしないだろう。


 ◇


「『勇者』サマー、お話してー」


「ふむ……話とな?」


「うん!」


「そうさな……少し変わった話ならあるのだが、どうする?」


「聞きたい聞きたーい!」


「ほっほっほ、なら語るとするかの」


「わくわく!」


 それは、後世に語り継がれる『勇者』の御伽噺。

 いつか吟遊詩人によって歌われる、不思議な物語。


 始まりは、そう――


「――ここではない、どこか遠くの方。誰も知らないようなところに、ゆーえんち、という不思議な場所があったんじゃ」

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