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第10話

「……は?」


「ほう、これは何とも。血迷ったか――魔王」


 振り返った先にいたのは、瓦礫に立ち、尊大に両手を組む魔王だった。


 ……俺が一体何のために飛び出したと思っている。

 手負いのお前と俺では倒せる目算などないと理解したから、俺はお前を逃がすために自ら命を捨てたのだ。

 それを、何故……?


「ば、馬鹿なのかお前!」


「黙れクラウス。余は聞き捨てならんぞ……我慢ならん!」


「何がだ!? さっさと逃げろ!」


「――誰が、『勇者』でないと!?」


 そんなもの、俺以外に誰がいる。


 言いかけて、声が出ないことに困惑した。

 偽らざる本心を吐かない自分がいることが心底不思議だ。


 だがそれは、魔王の目を見たからだとすぐに得心がいった。

 まっすぐ俺を見つめる瞳が、真っ向から俺を否定していたのだ。


「問おうクラウス! 『勇者』とは、何だ!?」


「こんな時に何聞いてんだ!」


「答えろ!」


「……っ、人類の希望だ!」


「そうか! それは何故だ!」


「は……何故って、は?」


「答えんか阿呆が!」


「――最も強く、魔王に立ち向かう者であるからだ」


 困惑する俺の代わりに答えたのは、どういうわけかアークウェルだった。

 愉快そうに笑みを深める男は、続けて言う。


「なるほど。言わんとすることが見えたな。魔王に寝返り、人類を裏切った者が『勇者』であるはずもない、と。ハハハハ、全く道理よ! クラウス、どうやらお前は『勇者』として費やした時間の全てで、『勇者』を否定していたようであるぞ!?」


「……黙らぬか」


「その呼び名については、俺も不満があったのだ。最も強き者だと? それはこの俺以外に誰がいる。大儀故の行いだったとはいえクラウス、お前を『勇者』などと呼ばねばならぬ日々は俺にとっても苦痛であったよ」


「黙れと言っている」


「互いの利が一致したな! さぁクラウス、俺の手を取れ! お前の全ては、俺が利用してくれる! 神たる俺の、駒として!」


「――黙れ」


 瞬間吹き荒ぶ圧の本流が、アークウェルの笑いをかき消したようだった。

 初めて見る、魔王の激怒に俺は言葉が出ない。

 俺のための怒りなのだとすぐに理解できたことが、その理由だった。


「裏切った、だと? 同族を悪戯に殺し、魔族を創り出し、あまつさえ一人遊びに興じるような塵を置いて、他の一体何が裏切りだ! クラウスは裏切ってなどいない!」


「何?」


「この魔王たる余を前に、立ち向かい、向かい合い、手を取った! 人が為を思って、巨悪たる貴様らに背いた! ――まさしく、勇気ある所業である!」


「――――」


「クラウス! 其方は『勇者』という肩書きに拘り、事あるごとに否定していたが、余からすれば全くの逆よ! あの日から、其方は! ――その全てで、己が『勇者』であることを証明し続けている!」


「……魔、王」


「余の知る中で、其方が誰よりも『勇者』に相応しい男だ! 自信を持て! それに、何をくだらぬことを拘っている!」


「どういう意味だよ……?」


「呼び名など、肩書きなど……! 自ら名乗るものでも捨てるものでもない! 誰かに呼ばれて初めて――成る者であろう!」


「…………はは」


「今一度言うぞ、クラウス。――『勇者』クラウス! 其方の思う其方は、何者だ!」


 笑いがこみ上げてくる。

 なるほど、俺は何とも、本当にくだらないことで悩んでいたらしい。

 自分の馬鹿さ加減が我ながら滑稽だ。


 笑ったお陰か、今度こそ声が出た。

 偽らざる本心を、語れる。自信を持って。


「お前がそう言ってくれる限り、俺は『勇者』クラウスだ。他の誰でもない、お前に『勇者』と呼ばれる俺だ」


「ならば『勇者』クラウス、もう一つ問うぞ。其方は――誰の手を取った?」


「茶番にもいよいよ飽きてきた。終わらせるぞ、クラウス、魔王」


 アークウェルの金色の角が光を増す。

 言葉通りに遊びは終わり。本気で俺たちのことを潰すつもりだろう。


 身体は万全とは呼べない。

 だというのに、先ほどまでより随分と余裕があった。


 そうだ、俺は誰の手を取った。

 魔族の最強と手を組んだ。

 『勇者』とは何だ。

 人間の中で、最も強き者だ。


 ――負ける道理がない。


「悪いな、アークウェル」


「ここで死に行くがいい」


「――俺は、魔王の友だ。生憎と、取る手は決めている」

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