83(最終回)
「うがああああああう!」
一体の強化獣人がケルビンに襲い掛かる。
ケルビンは素早く椅子に身を隠し、獣人の一払いを回避するが、椅子は弾け飛んだ勢いで、そのまま窓ガラスを割って外に飛んでいくほどの威力だ。
(トムやベス以上、知性はないが、体力をドーピングしたのか?)
「ふむ、たかだか愚弟一匹、一撃で片付けられないなんて、まだまだ調整不足ね。
ま、いいわ。
ケルビン、一秒でも長生きして、私に研究データを寄越しなさい」
ケルビンは強化獣人に拳銃を放つが、顔面に当ててもびくともしない、ならばとショットガンを発砲するが、これは隆々とした腕によって阻まれた。
強化獣人たちの鋭い拳をケルビンはナイフで、いなしていく。
ユキノとの模擬戦では禄に勝てたことはないが、今役に立っていた。
強化獣人たちは意志を無くした為か、連携を取ることが出来ず、三人でぞろぞろとケルビンを追いかける。
しかし、押され続けの戦いには限界があった。
重い拳をよけきることが出来ず、ケルビンは窓際まで吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ……」
「あら、早いのね、さ、止めを」
窓際で片膝をついたケルビンに、強化獣人が迫る。
その時、ケルビンが叫んだ。
「アン!」
「ケルビン!」
ケルビンの声に答えたのは、アンだった。
彼女は窓の外で彼の指示をずっと待っていたのだ。
彼女はロープを使って両腕で窓を叩き割って、侵入した。
そのままの勢いで、ケルビンのもとに迫っていた強化獣人の首元をふとももで挟んでねじった。
幾ら、強化されたと言えど、致命的な欠陥を潰された獣人はうめき声を上げて倒れた。
「くっ……意識外の攻撃とは、流石は獣人連隊ね。
でも、もう隠し札はないようね。
二対二、強化獣人とただの獣人と人間、結果は見えているわ」
ケルビンとアンは並んで、強化人間と相対する。
「ケルビン、私、野生だすね」
アンはケルビンにそう告げると、姿勢を低くし、シャーッと低く唸った、
彼女の尻尾の毛が逆立ち、目が少し吊り上がる。
一方、強化獣人も連携の必要のない五分五分の状況になったことで、逆に本来の能力を発揮できるようになった。
「グオオオオオオオオオオ!」
強化獣人とアンが飛び掛かる。
アンはリボルバー2丁を目にもとまらぬ速さで連射し、強化獣人の膝の皿や腕の関節など弱点を狙っていく。
強化獣人はそれにダメージを受けつつも、スピードを変えずに、華奢なアンに突進を食らわした。
だが、アンは野良猫の喧嘩で見るように、身を捩らせるように予測不能な跳躍を見せ、それを回避し、再びリボルバーを構える。
一方、ケルビンはもう一匹の強化獣人と相対する。
しかし、アンと違って、互角に戦うことはできない。
どの武器もやはり有効打を与えられず、押されていく。
攻撃を凌ぐのに役に立っていたナイフも、何度か強化獣人の攻撃を防いだタイミングで根元から割れてしまった。
ケルビンは次の攻撃を腕で防ごうとしたが、強化獣人は本能からか、ケルビンの腕に嚙みついた。
「うぐっ!」
「ケルビン!?」
「俺のことは良い! そいつに勝て!」
ケルビンはアンに指示を飛ばすと、強化獣人と相対した。
よほど腹が減っているのか、ケルビンの腕を食い落さんと言わんばかりに齧りついている。
気を失ってしまいそうなほどの激痛の中、ケルビンはその獣人の顔をそっと撫でた。
「ごめんな、救ってやれなくて」
一方、アンと強化獣人の戦いも苛烈を極めていた。
強化獣人に着実にダメージを与えているが、アンも顔に一筋の大きな傷をもらい、身体のあちこちに切り傷があった。
リボルバーの弾も残り1ダース。
アンは肩で息をしながら、それをリロードしていく。
その時、腰に背負った斧のことと、何時しかケルビンに学んだ『作戦』について思い出した。
(――使い分けが大事なんだ)
「分かった、分かったよ!ケルビン!」
アンは斧を素早く投げ放つ、強化獣人は驚いたようだが、それを間一髪で躱して、彼女に迫る。
アンは最後の力を振り絞って、意識を集中させる。
すると、彼女の頭の中に『宇宙』が現れた。
彼女の生まれ持つ、特異な空間認識が覚醒したのだ。
ブーメランの機能を持つ斧は、螺旋を描いて戻ってくる――それを上から見たようにアンの脳裏は処理する。
自分の位置、自分に向かってくる敵の位置、斧と敵が交わる交差点、それは――。
「此処!」
アンは叫び、リボルバーの最後の弾を乱射する。
強化獣人はそれを受け、苦しみ、足を鈍らせる。
そのタイミングで、斧が戻ってきて、強化獣人の首元に突っ込んだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!?」
強化獣人は断末魔を上げ、やがて眼の光を失い、地面へ倒れた。
勝利の余韻もつかの間、アンがケルビンの方を見ると、ケルビンは自分の腕ごと強化獣人を窓ガラスに叩きつけていた。
「ケルビン!」
「ごめんな、もう救ってやることはできない。
だから、せめて、お前の仲間は救ってやるから……」
ケルビンは激痛に声を震わせながらも、強化獣人にそう呟いていた。
そして、渾身の力を振り絞り、もう一度窓ガラスに腕ごと叩きつけた。
両目をガラス片で切った強化獣人は絶叫と共に倒れ、ゆっくりと動かなくなった。
そして、エレナ一人が残された。
「そんな……あり得ない。どうして?」
ケルビンは負傷した右腕をアンに支えてもらいながら、エレナの前に立つ。
そして、ケルビンが左手で拳銃を向けると、エレナは遂に錯乱し、泣き叫んだ。
「いやああああ! 私を殺すなんて、あり得ないわ!
ケルビン、あなたは親を殺した。次に残っている姉も殺すだなんて、世間はどう思うかしら?
今は、獣人を恐れて、皆、あなたのことを悪く言わない!
でも、皆、本当はあなたのことを恐ろしい悪魔のような子だと思っているの!世界が嫌ってる!
そもそも、そういう間違ったことはあなたが一番嫌いな筈よ!
ケルビン、無理よ! あなたに家族は殺せない、お姉様にはわかるんだから!」
「分かってない!」
会話に割って入ったのは、アンだった。
「ケルビンが本当に欲しかったのは、温かい家族であって、アンタみたいな形式だけの家族じゃない!
もう、ケルビンには私という家族がいる!」
「獣人は黙っていなさい! 別の生き物なのよ!
ケルビン、人でいたいのなら、私を許しなさい!」
一発の銃声。
エレナが信じられないという表情で、自分の赤く染まった胸元に目を向ける。
姉の懇願にケルビンは銃撃で答えた。
「嘘よ、此処で終わりたくない……私は全ての上にぃ……」
エレナは2,3歩後ずさった後、床へとあおむけに倒れた。
戦闘の衝撃で床が脆くなっていたのか、床に穴が開き、エレナは床下に落下した。
そして、先ほど目潰された強化獣人が呻きながら、穴に近づいていき、エレナの元へと落ちていった。
「ああ、嫌、来ないで……ああああああああああああ!」
エレナは生きたまま、獣人に食されている。
「報いだ。
人も獣人も食い物にして、成り上がろうとした報いだ。
アン、埋めよう。
獣人に安らぎを与える為と、アレがもう二度と這い上がってこないように」
ラスト1エピローグを予定しています。




