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連邦北部では、少し遠くに見える連邦議会から黒煙が上がっているのが見えていた。
「ええい、国連会議で獣人共の言い分が通ったというのか!?」
「今までの連邦の働きを忘れたというの!? 私たちはどうなるの!? おお、女神よ!」
「いいや、愚かな獣人達を騙すための国際連盟の罠よ」
激怒する者、悲嘆にくれる者、尚も連邦を信じる者、人々の様子は三者三様だった。
「お、おい! あれを見ろ!」
一人の男が空を指さす。
晴天の空に、何百、何千もの空気を切り裂く線が描かれていたのだ。
「きっと、獣人達を滅ぼすための大砲撃に違いない!」
「おお、連邦万歳!英雄ガブリエル・アロンソに敬礼!」
「待て、あれ、私達の方へ落ちてきて――?」
連邦の人々が間違いに気づいた瞬間、ケルビンの要請によって放たれた世界各国からの1000発の砲撃が連邦北部に降り注いだ。
連邦の危険勢力を排除するため、等の甘い理由ではなく、連邦を地図上から抹消するための無慈悲な砲撃だった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!?」
「助けてくれぇ!」
北部連邦教会は崩壊し、女神像は倒れ、英雄アロンソを象った像は木っ端みじんになった。
今更、貴族たちは連邦を捨てて逃げようとした。
「な、何なのだ……これは?」
だが、国境に急いだ彼らを待っていたのは地獄だった。
隣国国境は完全に閉められていた。
国境ゲートだけではなく、ありとあらゆるものをバリケードとして、徹底的に壁を作り、蟻一匹通すまいとしていた。
連邦人を一人でも迎え入れたら、今度は自分たちが標的にされるからだ。
もはや、連邦人は病原菌と同じ扱いになっていた。
そして、さらなる絶望の知らせが飛び込んできた。
「獣人達が攻めて来たぞおおおお!」
「誰か助けてくれええええええええええええええええええ」
頭を抱えて絶望しても、膝をついて謝罪の意思を見せたところで――今更もう遅い。
「エレナ様は何処へ行ったんだ!?」
一方のエレナは、アビシキ村のマイヤー夫妻刑務所に居た。
エレナの実家にして、ケルビンが起こした『獣人連隊の反乱』の最初のターゲット。
アビキシ村では起きたことの陰惨さに辟易し、住民の大勢が移住してしまったが、エレナは逆にそこに目を付け、此処を隠れ家としていたのだ。
「嗚呼、お母さま、お父様……」
リビングに掲げられた煤がついた家族の肖像画を見て、彼女は涙を浮かべる。
著名な画家に大金を支払い、描かせた大作。
にこやかな笑みを浮かべる父と母、その真ん中に座る少女エレナ――そこにケルビンは描かれていなかった。
「お二人の無念は必ず――」
その時、執務室のノブがゆっくりと回る。
エレナは眉を顰める。
ほんのわずかな側近と共に逃げたが、ノックなしで扉に入れるほど信頼のおける相手はいない。
そこに現れた人影を見て、彼女は驚愕に口元を手で押さえる。
「ケ、ケルビン……!」
「姉様」
ケルビンは冷たい表情で、片手で拳銃を向けていた。
エレナは手で顔を覆いながら、必死に叫んだ。
「待ちなさい、私は裁判を受ける気があるわ!
それに、二度もこの家で家族殺しをするの!?」
だが、ケルビンはそれを無視して撃った。
しかし、弾はエレナには当たらずに、黒い影に当たった。
その姿は獣人だった。
ケルビンの獣人連隊の獣人ではなく、その表情は病的に苦痛に歪んでおり、口元からは荒い息が漏れている。
だが、筋骨隆々とした巨大なオスの獣人だった。
そんな獣人が3体、リビングの隠し扉から現れた。
「ふふふ、ふふふふふふふふふふっ、あははははははははは!」
エレナは不気味な程子気味良く、甲高い笑い声を上げた。
「ケルビン、私は天才よ!
お父様が研究されていた毒ガスを研究し、獣人を奴隷化することに成功したのよ!
私はガブリエルのように、愚かじゃない、貴方から学習したの。
私もこの強化獣人で、獣人連隊を作り上げ、全世界を粛清する!
まずは、貴方よ!
ケルビンっ!」




