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最終話まで書けたので、別作品の方を投稿を再開します。よろしければ、そちらもご覧ください。
「冗談じゃない! 不正選挙だ! やり直しをしろ!」
「そんな規則はありませんし、不正は認められていません」
議長とベリアルが激しく言い合う中、各国代表の一団がケルビンに語り掛けた。
「ケルビン代表、まずは亡くなったご友人と今までの獣人の犠牲に心より哀悼の意を表したい。
そして、もう一つ。
我々は獣人連隊が発動した0号作戦に対抗する術を持たない。
いまある断片的な情報を以ってしても、既にいくつかの重要拠点は占領され、我々人類の命脈は抑えられている。
我々は降参します」
今度は人類側が賭けに出た。
殲滅宣言に対して、降伏したのだ。
「頭を下げても、手を上げても、そんな獣人を撃ったのは、人間たちだろう?」
「そうでございます、言い返す言葉もありません。
しかし、今、獣人達は撃っていない。
獣人達の誇り高さに感謝し、我々は次の議題を提出します。
議長、追加議題を提出します!
――国連からの連邦追放に関する議題です」
◇
連邦議会の外では、聴衆たちが黒い煙が再び出たことに驚いていた。
一度目でも、まさかと思ったが、一度、二度、三度とでているのだ。
このことは風に乗って世界各地へと広がっていった。
某国の中心街、人々が怯える中で疾走する獣人ライフル分隊は、空から降ってきた紙切れを手にした。
『号外、黒煙立ち上る。ケルビン氏の主張が可決か』
「どういうことですの?
人類殲滅を宣言するというお話では? だから、自分は死ぬとあの方は?」
「状況が変わった? 別の案になったとか?」
「いいえ、罠ですわ」
「……どうせ、私たちは近いうちに死んでしまうんです。確かめに戻りますか?
それに、状況が変わったら、自分たちの判断で作戦を中断してもいいって、言っていたのは指揮官でしてよ」
獣人達は立ち止まり、踵を返した。
また、獣人による上陸作戦が決行された某国では、小麦畑で遭遇戦になりかけたタイミングで、その報が廻った。
「指揮官殿! 獣人部隊が撤退を始めたようです!
追いましょうか?」
「いいや、放っておけ。
変な気に触れても厄介だ。
我々は犬のおまわりさんではない、迷子の子猫を引き受けたところでな」
◇
獣人達の『0号作戦』を防ぐ軍事作戦は大勢の死者を出すことは間違いない。
交渉の術はなさそうに見え、仮にケルビンと交渉したところで、獣人達はすでに動き出しているため、ケルビンが納得しても前線で間違いが起きかねない。
そこで各国は慌てて『人類殲滅』に賛成し、黒煙を上げさせた。
実際、獣人達は白煙を総攻撃の合図としていた。
しかし、可決したことは絶対である。
でなければ、国際連盟創設以来からの存在意義がなくなることになる。
そこで……。
「度重なる国際条約違反により現代社会の秩序を乱した、バルタニス連邦を『旧国家』と認定し、国連を追放処分とする。
エレナ・マイヤーら『旧人類』たちを、旧時代の古典的な差別意識により人間と獣人の共存を妨害したと罪で戦争犯罪者に認定。
以上を賛成多数にて、可決することを宣言します!」
現連邦を旧国家、エレナ・ベリアルらを旧人類と議会で定義した。
人間と獣人の新時代を妨害した『旧人類』を殲滅することを落としどころとしたのだ。
結局、人類は連邦を中心とした既存世界を諦め、獣人と共存する新時代を選ばざるを得なかった。
となれば、ケルビンに人類の粛清を託された。
彼は今、国連の承認を得て、殺生与奪の権を握った。
「国際連盟の合意内容に基づき、0号作戦を停止させます。
同時に、連邦に対する殲滅作戦を開始します。
この場でのベリアル氏の発言、今までの連邦の動向を踏まえて、彼らの人権は考慮しない。
連邦に協力する組織も含めて無慈悲に壊滅する、よろしいですね? 」
ケルビンの無慈悲な宣言に、議会内の誰もが何も口をはさむことはできなかった。
ベリアルはもう声も上げず、護衛を連れ立って、一目散に議会の外へと駆け出した。
「議会内での一切の暴力は禁止されています!」
議長の慌てた叫び声が響き渡る中。
ベリアルが奥歯を噛みしめて、親の仇を見るようにケルビンを睨みつけて、走り去っていった。
一方、ケルビンはベリアルをゴミでも見るかのように冷え切った目で見送った。
「……ここで大人しく投降すれば、法的死刑で済んだのに」
◇
「おい、もっと飛ばすんだよ!」
連邦議会のすぐ脇に自前の高級車を待たせていたベリアルは、後部座席に乗り込むや否や、運転席のヘッドレストを蹴飛ばして怒鳴りつけた。
「は、はい!」
「港まで急げ! 僕の島に戻る!」
「は、はい!」
「あんな女の話になんて乗るんじゃなかった!」
ベリアルは歯肉を剝き出しにして、自分の行いを後悔した。
彼ほどの富を持っていれば、獣人が台頭するぐらいでは全てを失うことはなかった。
人間と同じ土俵に立たれるのが気にくわなかったから、そういう些細な差別意識が彼の命運を決めてしまった。
「まだ終わるものか……! まだ、いくらでも打開は効く!」
「ん!?」
突然、ドライバーが上を向いて、驚きの声を上げた。
「なんだ!?」
「ビルの上を何かが飛んでいます!」
「何!?」
ベリアルが慌てて上を覗き込むと、ビル群を飛び越えつつ、こちらを追従している影が見える。
その影は空中で身体を捻り、そして、落下してきた。
「落ちてくるぞ!?」
ガキンッ!キキーッ!
車内に激しい衝撃が襲い、ベリアルは護衛ともども投げ出されそうになる。
車が停止し、ベリアルが目を開けると、車の凹んだボンネットに狐の少女が鎮座していた。
彼女は、ボンネットごとエンジンルームを引き裂いた刀を引き抜く。
返り血のようなどす黒いオイルが、彼女の白い肌を汚す。
そんな黒いオイルをものともせず、彼女の目は親の仇を見つけた狐のように、激しい眼孔を宿していた。