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「あなた方、人類はすぐさま対抗してきて、獣人連隊を一、二年かかって殲滅するだろう。
だが、その間に負った傷は人類にとって、致命傷となる。
仕方がない、この荒廃した世界は終わらせて、人類か獣人か、別の何かか、次の世代に託そうじゃないか」
もはや、ケルビンの態度は投げやりだった。
「ついに、本性を現したぞ。
皆様方、もはや、世界の総戦力で叩くしかないではないか!
まずはこの男だ!」
堅牢なシェルターと豊富な食料を有しているベリアルは、目の前の脅威すら無くなれば、生きながらえれると高を括っている。
各国の代表者たちが情報共有し、被害状況を確認する中、一人の代表がケルビンに尋ねた。
「どうやら、何処の国家でも現状人的被害は出ていないようですが、これはあなたのご命令ですか? ミスター・ケルビン?」
「……我々を補足出来ていないか、もしくは、あなた方の軍隊が自ら道を開けているのだろう」
「ええい、君たちは兵隊の教育一つできないのかい!?」
ベリアルは激怒するが、各国代表たちはそこに一筋の光を見た。
各国軍隊とも代表不在の為、現場の判断で行動したが、獣人に対する恐れ・憐みで偶然にも戦闘が起きていないのだ。
「……あと、3分!?」
誰かが腕時計を確認して、うめき声を上げる。
あと5分で討論の時間は終わり、ケルビンとベリアルのどちらかを支持するかの投票を行わなければいけない。
厄介なのが、この投票は一回きりの決選投票と決まっており、参加国は奇数・棄権は禁止なので、絶対に雌雄が決する。
そして、それらは議会に設置された煙突から出す煙の色によって、即座に外部に知らされる。
白黒決着を付ける、白がベリアル、黒がケルビンだった。
「議長! 提案です!
これは一度で決めるには、あまりにも重大な案件すぎます! せめて各々国に持ち帰り、元首と相談して」
「却下します。
それは今日までに終わらせておくプロセスです。
規則は規則、本日中に、投票を行います」
「自分としても、議長に同意見だ」
ケルビンはそう告げた。
そして、意見交換もままならないまま、討論終了の鐘が鳴り響く。
「これにて、わかっただろう!?
獣人の残虐さと、それを率いる者の精神的異常さを!
やつらはこの社会におけるパブリック・エネミーなのだ!
決して存在を許してはいけない! そもそも、おかしいだろう、獣耳のついた人間なんて!
どれだけの犠牲を払おうとも、全ての異物は排除し、健全な美しい世界を守っていかねば―― 」
「静粛に! 静粛に! ベリアル代表、討論の時間は既に終了しています!
……ケルビン・マイヤー代表。最後の発言の機会がなかったとして、救済措置を採ります。
何か最後に言いたいことは?」
「悲しいだけだ」
そんな同情集めの安っぽいことしか言えないのか、とベリアルは嘲笑に満ちた顔をした。
彼は勝利を確信した。
どう転んでも、『人類全滅』を支持するケルビンが票の過半数を獲得するわけがないからだ。
たとえ、獣人達との戦いで人口が減ったとしても、誤差の範囲内だ。
自分たち財閥の名家達は、地下に潜り、ことが終わった後に地上に出る。
するとそこには、戦後復興という金になる肥やされた大地が広がっているのだ。
「ケルビン君。
わざわざ、直接赴いて正解だったよ。
本当に痛快だった」
「静粛に!
サマエル・ベリアル代表、違反行為が過ぎますぞ。
では、これより投票に移ります」
◇
各国代表の投票が終わり、衛視たちにより集計され、議長の手の元に渡る。
衛視たちは真のプロフェッショナルだ。不正は不可能だ。
議長は眉をピクリと上げた後、木製のハンマーを叩き、宣言した。
「投票の結果を発表致します。
獲得数53で――」
出席国は61、そこまで聞いた時点で、ベリアルは演技たらしくケルビンにお辞儀した。
「ケルビン・マイヤー代表が過半数を獲得いたしました。
サマエル・ベリアル代表は8票 ……よって、決議案は――黒煙にて可決とする」
「は!? 」
ベリアルは驚愕の表情を浮かべ、唇をわなわなと震わせる。
ケルビンも氷のような表情ながらも、首を傾げた。
「じゃ、じゃあなんだ! こいつらは人類殲滅を支持したということになるのか!?」
「そ、そうなりますな……」
ベリアルの怒号に、議長は首を捻りながらも頷いた。
そう、人類国家が人類殲滅を支持したのだ。




