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「今、彼はなんと?」「人類をなんだって?」「……?」


 議会の人々がケルビンの言ったことを認識できず、首を傾げる中、ケルビンは淡々と口を開いた。

 その表情は獣人達を鼓舞する時のように高ぶった表情でもなく、許せない誰かを前にした時の怒りの表情でもなく、氷のような無表情だった。


「我々獣人連隊が、全世界を懲罰する。

 

 人類を殲滅する。

 あなた方が、獣人達を殲滅に追いやったように」


「暴言はやめろ!」「な、横暴だ!」

「連邦どころか、人類に対する挑戦だ!」


「そうだ。

 連邦が抜きんでたとはいえ、他国も獣人に対する扱いは似たり寄ったり……この機に及んでも、国内で獣人を監禁している国家がある。

 我々を揺さぶる気なのか、どうか知らないが、もう遅い。


 あまりに数を減らした獣人が存続していくには、人類との共存が必要だと思ったが。

 判断を誤った、今度は人類を抑圧し、奴隷のように支配すべきだった」


 議会の面々が騒然とする中、ベリアルは手を叩いて、ケタケタと笑い声を上げた。


「ふふ、ははははは! 傑作だ!

 世界に見捨てられたからって、自分の妄想小説を読み上げるとは!

 良いだろう、君が処刑された後、僕の財閥の出版社から出版してあげよう!

 タイトルは――」


「『0号作戦』、これはフィクションではなく、ノンフィクションだ。

 もう実行に移されている」


 ケルビンがそう言い放った直後、閉鎖されていた議会の扉が乱暴に開かれた。

 皆が慌てて振り返ると、そこには各国の政府が送り込んだ役人たちが息を切らして立っており、制止しようとした衛視たちを押しのけて、議会に乱入した。


「何をしていますか!? 衛視はすぐに取り押さえなさい! 」


 彼らは衛視たちに捕まりながらも、なんとか自国の代表にたどり着き、耳打ちする。

 それを聞いた代表たちは真っ青になり、震える声でケルビンに尋ねた。


「ケルビン・マイヤー殿……。

 西の砂漠の我が国に、獣人連隊を進軍させたというのは本当でしょうか?


「事実です。貴国は石油の原産地だからです。

 ベリアル殿とも親しいようだ」


「な、ならば、我が国は何故!? この一件には何の関与も!」


「小麦の収穫量、世界一位だからです。

 人間に餌を与えられては困る。


 そちらの貴国は地理的観点から、貴国の壮大な雪山で雪崩を起こせば、もう二国沈められる、そちらの貯水池はもっとだ。

 誠に遺憾だが、結果的に混乱の中で、国という枠組みはなくなるので、順番はさほど重要じゃない」


「ば、馬鹿な!?」「人でなし!」「見損なったぞ!」


 議会でケルビンを責め立てる怒号が飛び交う。

 ケルビンは拳を議台に叩きつけて、それに答えた。


「兵糧攻め!水責め!集落破壊! 

 お前たちが獣人にしてきたことだろうがっ!


 自分たちがやっておいて、いざ自分たちが裁かれる側になると、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、意味不明な言い訳を並び立てる!


 何が叡智の人類だ! 害獣共!

 俺は、俺たちは歴史に名を遺す、お前たちによって歴史から葬り去られてなるものか!

 

 人類(おまえたち)の歴史は俺が終わらせる!」


何時しかアンが言ったように、それ以上に、今のケルビンは感情の獣と化していた。


 ◇


「まだ見つからない!?捜索隊を二倍にしろ! 急げ!」


「くそ、海から侵入されるとは!」


「狙いは小麦の貯蔵庫、いや、港か!?


 某国の軍司令部では、混乱が広がっていた。

 沖に打ち捨てられた数隻のボートを漁師が発見し、さらに村人が「森を行軍する獣人の姿を見た」と証言したことで、国中がパニックに陥った。


「獣人に上陸作戦の技術があるとは、信じられん」


「指揮官殿、僭越ですが、敵を見くびっている場合では」


「違う。

 隠密上陸作戦を行うには、何十年もかけて専門の知識を蓄積したプロフェッショナルが必要なのだ。


 ……そうか!

 奴ら、連邦遠征軍を引き入れたのか!」


 この指揮官の言うことは当たっていった。

 連邦の領土を広げることに尽力した連邦遠征軍だったが、奇しくも同じく尽力した獣人連隊と似たように不遇な扱いを受けた。

 戻るべきの連邦軍は壊滅し、祖国に残るのは権力主義者の貴族たちだけ。

 そこに手を差し伸べたのが、ケルビンだった。

 行き場のない彼らを獣人連隊に引き入れたのだ。


「奴の獣人連隊が1千人を下回る程度、連邦遠征軍が5万人と聞く」


「で、では、全ての兵力は5万を超えると……!?」


「最悪の場合は、だ。


 まだ被害が出ていないのなら、見つけても、先制攻撃は避けろ。

 我が軍の総力を以って、相対しなければ、こちら側が殲滅されるぞ!」


 ◇


 また別の小国では、国境線沿いで獣人達と国境警備隊が相対していた。

 遮蔽物を挟んでにらみ合っていたが、がたがたと震えていた警備隊の青年が銃を構えた。


「くっ!

 獣人がなんだ! 俺がやってやる!」


「止せ!」


「隊長! 射撃の腕なら獣人に負けない、俺に任せろ!」


「馬鹿言え!

 奴らの装備を見ろ、俺たちとは段違いだ」


 警備隊長は獣人の装備を見ながら、だらりと汗を流す。

 小国の自分たちは、前の時代の騎士の鎧を手直したようなぶかぶかの装備に、単発式のライフル銃。


 しかし獣人達は、耳抜きのヘルメットをかぶり、長いスリムな脚、太い太もも、それぞれの獣人にあったようにカスタマイズされたアーマー、手に持つライフルは連射可能な新型のモノだろう。そんなものを皆が装備している。

 ただでさえ身体能力で勝てないのに、この装備の差で勝てる筈がなかった。

 国境警備隊隊長は意を決して、武器を置き、獣人達の前に歩み出た。


「お願いだ、帰ってはくれないか?

 此処には君たちに攻め込むような、強い軍隊なんてないんだ」


「そこに雪山があるでしょう、あれ崩すの」


「なっ!?

 そんなことをしたら、大勢が死ぬ! 

 そんなことはさせない!」


「アタシの家族は、集落ごと雪で押しつぶされた。


 人間たちは頭脳戦が成功したと大喜びしてた」


「そ、それは……!

 君たちと連邦の戦争は終わったじゃないか!?」


「ああ、だが、お前の国の政治家は、結果に納得してないみたいだ」


「せ、政治なんて関係ない!

 こんな復讐の嵐は終わらせないといけないだろう!?」


「同感ね」「だから、終わらせる」「人類も、獣人も、皆合わせて」

「全てを”0”に」


 獣人達は頷き合う。

 その表情からは諦めと、どうしようもない寂しさが漂っていた。


(政治家は何をしているんだ!?)


 国境警備隊の隊長は心の中で慟哭を放った。


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