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「失礼する」
「早いな」
次の日には、ウエストランドから指揮官代行として、ユキノが現れた。
切り込み隊長として、多大な成果を上げ、ウエストランドでの休養が与えられていた彼女だが、本人曰く、身体が鈍っていたらしく、走ってきたようだ。
「指揮官はいつまでいるつもりだ」
「明後日の午前には経つつもりだ。
明日は戦友と会う」
「ふむ、ならば……共に、茶でもどうだ」
ユキノは顔を逸らしながら、茶道具を持ち出した。
ケルビンが知る西洋風のものではなく、見慣れないスタイルの東洋風の茶道具はユキノの故郷のものらしい。
茶筅を扱うユキノの横顔は、真剣そのものだった。
「どうぞ」
「では。
……うん、これは美味しいな」
「それはよかった」
ユキノは安堵したような微笑みを浮かべた。
そして、今まではあまり口にしなかった故郷について語った。
「幼かったがゆえに、あまり鮮明な記憶ではないが、母と茶を囲んだことを薄っすらと覚えている。
東の国だ」
「もし、世界中で人間と獣人の隔たりが無くなれば行きたいか?」
「ああ。
その時には、指揮官にも共に来てもらいたい」
「ふっ、それは光栄だな」
ユキノは少し恥ずかしさを覚えたのか、獣耳をピンと立て、そっぽを向いた。
しかし、しばらくして、ケルビンの目をまっすぐに見た。
その目は真剣そのものだった。
「その未来の為に。
指揮官、これを見てくれ」
それは【0号作戦計画】と題が打たれた分厚いファイルだった。
この時期に作戦とはなんのことだろう、防衛計画の見直しだろうか?
「0ね、ユキノは前からこういうかっこいい文字が好きだったな」
最初は軽口を挟みながら、ファイルをめくっていたケルビンだが、徐々に表情が固まっていった。
そして、半分に差し掛かった時、ケルビンは完全に真顔になっていた。
「ユキノ、この作戦は君が考えたのか?」
「ああ。
だが、他の皆の賛同も得ている。
アンもだ」
「アンが、これを?」
ケルビンには信じられなかった。
「もう戦争の時代は終わるんだ」
「ケルビン」
ユキノは珍しく、ケルビンを名で呼び、言葉を遮った。
そして、彼の頭をその手で撫でた。
「私としても、0号作戦が発動されないことを祈っている。
だが、これは指揮官に対する獣人連隊の総意だと受け取ってくれ」
そういわれると、ケルビンにはもう何も言えなかった。
0号作戦計画。
要するに、獣人連隊が危機的状況に陥った時の報復計画。
『――獣人連隊は抑圧の歴史に終止符を打ったが、それでもなお、底知れぬ悪意を持つ者が存在する。
指揮官、ケルビンに生命にかかわる危害が加わることがあれば、それは獣人の未来・尊厳を奪う致命傷となる。
もし、上記の条件が成立した場合、残存獣人連隊は即ち報復行動に出る。
報復対象は――』
とはいえ、人のことは言えない。
ケルビンも獣人が危機的状況になった時には、同じようなことを考えていたのだ。
ケルビンはそれに承認のサインをした。
◇
連邦東部、西部からの猛攻から逃げる形で、6割の領土を失った連邦人たちはこの地域に逃げ込んでいた。
連邦人の他に平和維持軍が駐在しており、彼らは連邦の首脳陣を一緒くたに集めて、逃亡や反乱ができないように幽閉していた。
しかし、一般的に想像されるような汚い檻の中で、集団生活ではなく、もともと存在していた豪華なホテルを間借し、一人一部屋与えられ、食事一日三食、パンとスープ、肉料理にワイン……前に貴族の兵士がケルビンに要求していた貴族待遇の扱いだ。
「ええい、早くここから出せ!」
「茶会も許されないとは、基本的人権を無視している!」
「弁護士を呼べ!」
それでも、連邦の貴族たちの欲求は満たされないのだが。
「俺たちよりいい生活送っておいて、何なんだよ」
配膳係を務めさせられた平和維持軍の兵士はぼやく。
兵士は食事を配っていき、最後の一人の元へ向かう。
その人物は今の連邦にとっての象徴であり、尚且つ、国際平和を脅かす存在として、特別に最上階に一人だけ隔離されていた。
そう、エレナ・マイヤーだった。
「しょ、食事の配給です!」
「ふふ、ご苦労様です」
兵士は顔を赤面させる。
傲慢な他の貴族たちとは違い、優雅で気品さを備えた絶世の美女は、疲弊していた彼の心を鷲掴みにした。
彼が屈んで、テーブルの上に食事のトレーを置くと、突然、エレナは彼の耳元に顔を寄せてきた。
「な、何を!?」
「肩の部分が解れていますよ、直して差し上げます」
「え、ああ、どうも」
「立派な兵隊さんなのに、お給料をしっかり頂けてないのね。
かわいそうに。
それなのに、今の世界は『人間より、獣人に手を差し伸べましょう』だなんて、間違っていると思わなくて?」
耳元でささやかれ、兵士はごくりと唾を呑みこんだ。
「人間ならば、人として幸せになりたい、人間が幸せになるべき。
当然の考えでしょう?」




