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翌、明け方。
連邦解体戦争勃発から5日目、ケルビンら、獣人連隊は連邦中央へと突破を果たした。
もはや、獣人を迎え撃つ防衛ラインは機能しておらず簡単に突破することができた。
道中、ケルビンらは他の軍隊の姿を見た。
獣人達を見ると、武器を降ろして、ゆっくりと後ずさっていった。
「ふん、まるで、野山でクマと遭遇した時の対処法ではないか」
「彼らは敵の敵であって、俺たちの味方と言う訳じゃない。
道を譲ってもらえるだけでも、大きなことだ」
一方、国家に属さない、あるいは、国家が消えてしまった武装勢力の人々は獣人達の姿を見ると、拳を突き上げて、雄たけびを上げた。
国家からすると、まだ獣人は信用しきれないが、個人からすると、ようやく認められてきたのだろうか。
ケルビンは行軍中にもかかわらず、そんなことを考えていた。
連邦中央は、まだ日が上り切っていないのに、明かりが絶えなかった。
それは街頭や街の光ではなく、各地から立ち上る火によって、照らされていた。
大勢の連邦兵士たちは獣人達を見ると、観念したかのように、両手を上げて、膝をついた。
「投降した兵士たちは一纏めにして、縛っておけ!
今はガブリエルとエレナの捜索だ!
ほかの皆を連れて、トムとベンが指揮を取って、議会を制圧しろ。
アンとユキノは俺についてこい」
「承知!」「わかった!」
各国の兵士がガブリエルを探し回り、民衆たちが逃げ出す混乱の中、ケルビンたちは捜索を開始した。
「この血を見ろ、指揮所からべったりと続いて行っている。
誰かが這っていったように見える」
「この時計すっごく古いけど、高そう」
「二世代まえの高級腕時計だ。
丁度、連邦の英雄アロンソが活躍していた頃の。
二人とも、血の匂いを追えるか?」
獣人の強力な嗅覚を使い、匂いの元を追いかける。
匂いは砲撃で破壊された一つの屋敷に続いていた。
瓦礫を退かすと、地下への階段が見つかった。
「この下に続いているみたい」
「よし、行こう。
逃がしては駄目だ。
どうした、二人とも」
「いや……なんだ、この不愉快な感じは」
ケルビンが二人を振り返ると、二人は少し怖気づいていた。
前線への突撃を敢行してきた二人のその表情に、ケルビンは少し驚いた。
しかし、二人は意を決したように表情を引き締めた。
ケルビンは扉を開いた。
現れたのは、石のレンガでできた静粛な雰囲気の廊下だった。
通路脇には統一感覚で、中世の騎士の甲冑が置かれ、その間には連邦の偉業を記した絵画が掲げられていた。
少し、古い様式の建築だが、見るからに金のかかった施設だ。
だが、しかし、足を踏み入れた途端に、ケルビンも得体のしれない寒気に襲われていた。
「なんだ、此処は?
誰の屋敷なんだ」
「ガブリエルって奴のじゃないの?」
「何か違う気がする」
そして、彼は思いついた。
「そうか。
これは奴の祖父、連邦の英雄アロンソの屋敷じゃないのか」
かつて、人類と獣人の雌雄を決した戦いの英雄。
連邦人だけでなく、世界で名の知られた英雄だったが、その余生を知る者は多くない。
家族に囲まれた幸せな暮らしだったとか、穏やかな最期を望んだとか、当たり障りのないことがささやかれていたが……。
「英雄の立派な屋敷、本来だったら連邦が歴史的建造物として保護してもおかしくない。
此処で何があった?」
「指揮官、前に扉だ」
ユキノの言葉の通り、通路の突き当りに扉があった。
重苦しいオーラはそこから漏れ出している。
ケルビンは警戒しながら、そこに近づき、ゆっくりとドアノブに手を伸ばす。
ケルビンは眉を上げた。
そして、唐突に叫んだ。
「アン、ユキノ、突入するぞ!」
「え?」「は?」
隠密行動じゃなかったのかと、突然、声を張り上げたケルビンに困惑する二人をよそに、ケルビンは扉から一歩後退した。
ドアの向こうに気配がしたのだ。
そして、その気配はケルビンの叫びに合わせて、駆け出してきた。
ケルビンはタイミングを見計らい、ドアを蹴破った。
「ごふぅっ!?」
乱暴にドアが開きはなたれ、部屋の中にいた男が地面に叩きつけられる。
その男は血と泥で汚れて、下着姿で、髪もぐちゃぐちゃで、とても情けない姿をしていたが、間違いなく奴だった。
「ガブリエル・アロンソだな?」
「はぁはぁ……貴様に話す舌など持たない!」
ガブリエルは威勢の良い言葉を放つが、彼の足元には水たまりができていた。
ケルビンはごみを見るような目で見下し、その目で、部屋を見渡した。
「なるほど、道理で、空気が重いわけだ」
暗い部屋の中には、槍や剣、ドリル、鋸、牛の像と天使の像があった。
そして、床には遥か昔に滲んだ大量の血の跡。
「ファラリスの雄牛に、アイアンメイデン。
……こんな噂を聞いたことがある。
戦後、英雄アロンソは人々の記憶から忘れ去られ、孤独と失意の中で精神を病んだ。
そして、かつての栄光を思い出す為に、獣人を拷問していた、と」




