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四方八方から連邦の侵攻を開始した各国は、防衛の初動が遅れた連邦に対し、破竹の快進撃を遂げた。
国家として、軍に命令を下した国もあれば、蜂起した武装集団もいた。
どちらにせよ、彼らの連邦に対する怒りは凄まじく、今まで受けたきた仕打ちをそのまま返すような激しい猛攻を加えた。
一方、連邦は近代において初となる自らより戦力が多い敵と対峙することになった。
しかし、戦車は破壊されつくし、大砲はくたびれ、優秀な兵たちは粛正、頼みの綱の経験豊富な遠征軍はパレードの砲撃に巻き込まれ、大勢が死傷していた。
連邦解体戦争勃発三日後には、連邦の防衛線は次々と突破されて、パレードが行われた連邦議会周辺は四面楚歌状態だった。
ガブリエルはどうにか打開を試みたが……。
「死ね!」
「謀反だーっ!」
「取り押さえろ!」
ガブリエルが駐在する指揮所に銃弾が撃ち込まれた。
運よくガブリエルには当たらなかったが、この凶弾を放ったのは連邦兵だった。
連邦軍内部では、ガブリエル・アロンソの無策こそが、全ての元凶だという論調が高まっていた。
ガブリエルは以前のように、声を張り上げることが少なくなり、日中は顔を真っ青にし、日が暮れると酒に溺れるようになってきた。
四日目の夜、ガブリエルが酒に酔いつぶれていると、そこに朧気な人影を見た。
「あらあら、風邪をひいてしまいますわ」
「エ、エレナか……?」
その声はしばらく目にしていなかった彼のパートナーだった。
「エレナァ! 今までどこをほっつき歩いていた!
私の補佐を忘れたのか!?」
ガブリエルは怒りのあまり立ち上がろうとしたが、彼はふらふらとよろめき、倒れそうになる。
それをエレナが支えた。
「大丈夫ですわ。
貴方は私が支えます。
たとえ、全世界が敵になろうとも。
ガブリエル様、これに貴方のお名前を」
「エレナ? これは ……」
エレナが差し出したそれは婚姻届だった。
全世界から、祖国すらからも敵になった彼に手を伸ばすその姿は、まさに聖女だった。
ガブリエルはいたく感激し、それに署名した。
「……今の私には、お前しかいない……。
任せてくれ、次の戦いこそ、獣人に勝つ。
そして、栄光と名誉を、取り戻す……」
ガブリエルは酔った頭で涙を流しながら、彼女にそう誓った。
これこそ、本物の愛……ではなく、これは計算されたエレナの策略だった。
ガブリエルと婚姻関係を結んでおくことで、彼女は彼の死後の遺産を手にすることができる。
それはただの資産だけではなく、連邦の重鎮たちのツテも含まれる。
その莫大な遺産を手土産に、彼女は富豪サマエルの元へ鞍替えする。
ここ数日いなかったのは、その協力者たちを集めて、調整する為だったのだ。
彼女は所用があると嘘をつき、部屋から出ると、薄く笑った。
「私の顔に泥を塗るのは、誰一人として赦さないわ。
ケルビン、次はあなたよ」
その時、窓の外からヒューンという空気を切り裂く音がした。
「い、いけない!」
彼女は急いで、その場を離れた。
後方から砲弾を受け取ったケルビンが砲撃を再開した。
これは先日の奇襲攻撃ではなく、突撃前の準備砲撃だった。
そして、ついにガブリエルの運も尽き、砲撃が彼のいる指揮所に命中した。
崩壊した建物から何とか這い出た彼は恐ろしいことを耳にした。
「ガブリエルの首を取れ!
それで獣人達に赦しを乞おう!」
「奴は何処だ!?」
「探せ!」
そう言葉を発しているのは敵ではなく、連邦の兵士達だった。
「エレナ、助けてくれ……!」
彼は掠れた声で彼女の名を呼ぶも、彼女は現れなかった。
ガブリエルは、瀕死になりながらも、敵にも、味方にも見つからないように地べたを這って、逃げ出した。
一方、エレナはというと急ぎ足で戦場から抜け出そうとしていた。
彼女の支持者たちが、連邦の中に戦火が届かない隠れ家を持っていて、そこに逃れようというのだ。
しかし、連邦兵士の一団が彼女の横を通り過ぎた時、一人の男が叫んだ。
「おい、お前! エレナ・マイヤーじゃないか!?」
エレナは聞こえなかった振りをして、立ち去ろうとしたが、兵士は追ってくる。
路地に入り、切羽詰まった時、彼女は地面に落ちたガラス片を見つけた。
やはり姉弟、咄嗟の判断は似ていた。
彼女はそのガラス片でウェーブのかかる長い後ろ髪をバッサリと切った。
「エレナ・マイヤー……じゃない?」
「え、ええ。違います。
私は看護師です、怪我人を診ないといけませんので、急ぎませんと……!」
「あ、ああ。
悪かったな。
アンタ、ガブリエル・アロンソを見たか?」
エレナは考えた。
結論を出した。
ここで確実に始末しておこうと。
「……。
ええ、此処から三つ目の通りの指揮所にいると聞きましたわ」
「!
感謝する! 急げ、皆!」




