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「遠路はるばる帰還させられて、これか?」
連邦の占領地から、本国に戻された遠征軍の兵士たちは憎し気に恨み言を呟いた。
本国の危機だと伝えられ、物資も置きざりにして、全速で戻ってきた彼らに与えられた任務は『パレードに参加せよ』とのことだった。
憲兵たちが、連邦に対する無礼な発言を聞きつけ、すぐさま駆けつけてくる。
だが、実戦経験豊富な兵士たちが放つ実戦の覇気と静かな威圧に、憲兵たちは足を止める。
そして、何事もなかったかのように背を向けて去っていった。
連邦軍内部に大きな亀裂が出来ている。
そんな危険な対立に気づくこともなく、豪華な観覧席で、ガブリエルは苛立ちのこもった舌打ちをしていた。
「どういうことだ?
国外どころか、国内の来賓も減っているではないか!?」
「そ、それが……先日の夜、突然、予定が出来たとお帰りになられるお客人が多く……」
「そのリストを渡せ!」
部下がおずおずと差し出した出席リストを、ガブリエルはひったくるように奪い取った。
「サマエル・ベリアル……!」
ガブリエルはそこにいけ好かない青年の名を見つけ、獣のような唸り声をあげた。
「国を持たない浮浪者風情が……!
エレナ、君は奴のことを探れ! ……エレナ?」
そういえば、つい数分前まで隣にいたエレナは何処へ行った?
ガブリエルが疑問に思った時、時計台の針が11時丁度を差した。
軍の音楽隊が高らかに喇叭を鳴らし、鳩が飛び立ち、綺麗に整った歩兵たちが行進を開始した。
幼いころからオーケストラ等の音楽に精通してきたガブリエルは、異音が混じっていることに気づき、思わず立ち上がった。
いや、この音は。
「空から?」
空を見上げた彼の視界には、空気を切り裂いて白い尾を引く、黒鉄の砲弾が映った。
◇
ケルビンらが持ち込んだ大砲が、パレード会場に向けて、火を噴いた。
大砲の数は二門で、砲弾は二十発。
戦場で大軍を相手にするには、心もとない数字だが、一か所にまとまった相手には砲弾以上の威力を発揮する筈だ。
「その混乱を私たちが」
「叩くって訳ね!」
アンとユキノがケルビンの心中を理解したかのように、それぞれの得物を構え、突撃の合図を今や、遅しと待ち構える。
だが、ケルビンは首を横に振った。
「いや、今は突撃はしない。
とにかく、作戦がうまくいったことを喜ぼう」
「え? なんで?」
「そうだ。今こそ、好機ではないか?」
「最初に言った通りだ。
連中は俺たちの方角に対して、兵士たちの壁を築いている。
いくら、砲撃の混乱とはいえ……だからこそ、連中は余計に正面からの突破を警戒するだろう」
「じゃあ、いつものように奇策を使って回り込むつもりか?」
「流石に、連中もそこまで馬鹿ではない。
砲撃を受けたことで、側面からの奇襲も警戒するだろう。
獣人連隊だけでは、あれだけの集団に対して、両面作戦を展開できる戦力はない。
……獣人連隊だけでは」
ケルビンの含みのある言葉に、アンとユキノは首を傾げた。
◇
砲撃開始から十数秒もすると、連邦中央の堂々たる大通りは、もはや別物になっていた。
美しく舗装された石畳は無残に剥がれ、瓦礫が飛び交い、路面は穴あきチーズか月面のように変貌していた。
そして、大勢の兵士が無残にクレーターに投げ出されている。
「ごほっ、ごほっ……くっ、何事だ!? 」
「砲撃です! 10発余りが弾着した模様!」
ガブリエルの来賓席に直撃とまではいかなかったが、砲弾の破片が飛び込んできており、負傷者があちらこちらに発生していた。
「すぐに怪我人の救助を!」
「ありえない! 反撃だ!
獣人が来るに決まっている!
全力反撃で、今度こそ、殲滅するのだ!」
「閣下!?」
自軍の人命の救助をあり得ないと言い切ったガブリエルに、兵士たちは愕然とする。
その時、砲撃の煙の向こうから伝令兵が息を切らして、ガブリエルの元へと走ってきた。
「――敵襲です!」
「見たことか、私の予想通りだ!
獣人共が来る!」
「いいえ、違うのです!
敵は獣人じゃなく、人間! 人間でございます!
北の方角からノルゼリア王国が領土侵犯を開始しました!」
「何!?」
ガブリエルは予想外の相手に驚愕の声を漏らした。
彼が事態を把握する前に、別の伝令兵が叫ぶ。
「南からもサヴァレーリ共和国のライフル騎兵たちが! さらには、グルム・アルトランド解放戦線の武装勢力が!」
「手を組んだのか、獣人と……!?」
ガブリエルは予想だにしない展開に思考が停止した。
しかし、ケルビンと周辺国家の駆け引きなどはなく、もっと単純な話だった。
時はさかのぼり、ケルビンが両親の刑務所を襲撃した時に発生した連邦内での大暴動。
その時には、連邦に土地を奪われた国達は国境に兵を集めていた。
恨みが積もりに積もった彼らは領地と誇りを奪還せんと、今や遅しとその好機を待ち構えていた。
ガブリエルは獣人殲滅にのめりこむあまり、国境の警戒をおろそかにした。
各地に派遣されていた連邦の兵士たちが引き下がり、国境の守備は薄くなり、戦力は中央に過集中。
そして、始まりを告げるかのように、連邦の中央に砲弾が落ちた。
周辺国は次々と連邦に進撃を開始。
この日、連邦解体戦争が始まった。




