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パレードまで5日となった深夜、ケルビンたちは行動に出た。
闇夜に紛れ、獣人と人間の混成部隊を出した。
彼らの任務は大砲を、連邦中央から10kmの地点へと運ぶことだ。
しかし、大砲そのものを直接運ぶことは困難だ。
いくら獣人の力をもってしても、大砲は大きすぎるし、トラックなどで大通りを進めば、いともたやすく発見されるだろう。
そこで、一度大砲をバラバラにして、密かに現地で組み立てるのだ。
獣人達が大砲の部品を背負い、大砲の組み立てに精通する人間の兵たちが続いた。
10kmの道のりは人間ならば3時間、獣人ならばその半分で行ける距離ではあったが、視界の悪い夜道かつ、連邦の哨兵も警戒しないといけないとなると、慎重を期した為、5時間近くかかった。
連邦の中心から10kmという好立地に関わらず、そこに住人の気配は殆どなかった。
ケルビンらは破棄された工場に潜入し、そこの二階をキャンプ地とした。
ようやくの休息だったが、突然アンは尻尾を立て、窓から顔を僅かに出す。
「下の道路、誰か歩いてくる。
二人、かな」
「連邦の哨兵だ。
静かに息を殺していれば、見つかることはない。
嫌に静かなのは、このせいか。
使えるな、この状況」
ケルビンは作戦を大胆に変更した。
当初の予定では、闇夜の中で砲を組み立てる予定だったが、大体にも翌日の昼間から作業を開始した。
「こ、これは大丈夫なんでしょうか?」
「いいから、堂々とするんだ。
万全の状態になるようにな」
「はい……」
堂々と、砲撃に最適な開けた場所で、大砲を組み立てる。
作業中の兵士は狼狽えるが、ケルビンは堂々としていた。
連邦の軍服を着たケルビンらを住宅のカーテンの隙間からコソコソと伺う民衆の姿が、彼の横目には映っていた。
連邦軍はもちろん、民衆の通報も警戒していたケルビンだが、いっそ、連邦軍になり切ってしまえばいいと考えた。
こうすれば、民衆の邪魔は入らない。
連邦軍はもはや民衆の味方ではなく、民衆たちを懲罰する組織になり果てていた。
「まずい、連邦の哨兵だ……!」
一人の青年兵が小声で、警笛を鳴らした。
500mほど先の通りに、連邦の哨兵たちが現れ、訝しげにケルビンらを見ている。
しかし、ケルビンは先ほどと同様のことを言った。
「そのまま作業を続けて、堂々と振る舞うんだ。
俺が対処する」
兵たちは困惑しながらも、作業を続けた。
(あの距離なら、顔ははっきり見えないはず)
ケルビンは軍服の襟を正し、腕を組んで、哨兵たちを威嚇するように見据えた。
まるでそれは、「挨拶はまだなのか」と威圧する厳しい士官だった。
哨兵たちは慌てたように敬礼し、逃げるように去っていった。
「これでいい。
軍は細かな配置を確認していない。
民衆だけじゃなくて、軍も欺けそうだ」
兵たちは驚きと安堵の入り混じった表情で、再び手を動かし始めた。
そのまま堂々と作業を続けて、予定よりも早く、二日目には大砲の準備が整った。
三日目には、獣人に占領された都市に砲撃するように見せ、無人地帯に砲撃し、砲撃の精度を確かめ、微調整まで行った。
あとは、パレードを待つだけとなった。
◇
「……」
「……」
ガブリエルとエレナの仲は今にも破綻寸前となっていた。
それでも、ガブリエルがエレナを粛清の対象としなかったのは、僅かに残った愛の為なのだろうか。
(こんな時にパレードなんて、プライドだけの馬鹿な男……。
絶対に、弟は何かを仕掛けてくる筈)
一方のエレナは、策略を張り巡らせていた。
「ガブリエル閣下、第三遠征軍帰還しました!
遠征地のグルム・アルトランド共和国からは、連邦の安寧を願う電報を」
「何が電報だ!
連邦の御恩を忘れ、奉公を怠ったろくでなし国家め。
獣人の次は、連中だ!」
「は……はっ!」
「獣人達は突撃してくるに違いない、守りを厳重に固めろ。
明日のパレードの準備を抜かりなく、わかったな」




