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多忙の為、次は以降は一週間ほど時間を取らせていただきます。
ご了承ください。
「……何の用だ? 」
ケルビンは警戒心をあらわにして、エレナに尋ねた。
一方のエレナの声は余裕を持っているように聞こえたが、その言葉の端は緊張が隠せていなかった。
「姉に向かって、酷い言いようね。
良いのかしら?
あなたの戯言を聞いてあげようというのよ」
「戯言? はっきりと言え」
「あなたの言っていた『獣人連隊が制圧した9千キロ㎡の土地』、それを認めるわ。
獣人の寝床にするなり、建国するなり、勝手にすればいいわ。
だから、連邦の本土からは手を引きなさい」
受話器を握ったケルビンは目を細くした。
自分が散々要求してきたことがようやく受け入れられた。
だが、そこに喜びはなかった。
「……今更、なんだ?」
駆け引きや長章ではなく、それは本心から出てしまった呆れの言葉だった。
「その宣言を聞いた連邦は次々と刺客を差し向けてきた。
それでも、9千キロ㎡の土地、すなわち西部開拓地を獣人達は勝ち取った。
それで自分たちの領土が危なくなったら、これか?
何を認めてもらう必要があるんだ?」
「連邦は屈強よ。
確かに、損害は出ている。でもたかだか、数千、万人の兵がなんだというの?
士官ならともかく、前線の兵なんて、田舎から集めれば、作物のように採れる。
最終的には連邦が勝つの。これは慈悲よ」
「そんな兵に獣人の相手が務まるとでも?」
「戦争とは数。国力よ。
いくら獣人が驚異的とはいえ、絶滅危惧種に何ができるの?」
絶滅危惧種というエレナの物言いに、一瞬、ケルビンは脳に血が上り、とあることを言い返そうとした。
だが、寸前でその言葉を飲み込んだ。
ケルビンが人間として連邦を粛清すると宣言した以上、その言葉を言ってしまえば、超えてはいけないラインを越えてしまう。
彼は一息、呼吸を置いた。
「……なるほど、確かに血を流さずに済むならそれが良い。
わかった。
新しい要求を伝える」
「何かしら?」
「要求は三つ。
まず、アンタが見捨てた工業都市を我々の国家の一部と認めろ。
そして、軍隊の解体と、最後はガブリエル・アロンソとその側近たちの身柄だ。
もちろん、姉様も含まれる」
「なっ――!?
そんな要求、ふざけているわ! ありえない!」
「驚いた。
自分の身のことになると、そんな声を出すなんて知らなかったよ」
ケルビンは確信した。
姉は――連邦には余裕がない。
「姉様の言うとおり、連邦は大きい。
ここで停戦すれば、人々を無理やり動員して、また武器や兵隊を作り出すのだろう。
そして、同じことを繰り返す。
だから、この隙に潰す」
「夢見がちな精神は子供のころから変わってないのね。
連邦は世界の中心、連邦が居なくなれば、世界は混乱するわ!
常識を考えられないの!?」
「常識にとらわれていたら、進撃など命じていない。
それで、どうするんだ?
要求を呑むのか?」
「受け入れられるわけない!
……恥を知りなさい、親殺し!」
「ああ。覚えておけ。
親を殺したんだ、姉だって殺せる」
「っ!?」
エレナの短い悲鳴のような声が聞こえた後、電話はぶつりと切れた。
「今更、後には引かない」
◇
エレナはソファにへたりと座り込んだ。
弟との会談はエレナの独断だった。
ガブリエルは敗戦のあと、スクールの貴族や撤退してきた前線の兵、国を離れようとした民衆たちを次々と粛清した。
完全に暴走している。
英雄の孫とはいえ、流石に看過できなかった連邦議会の貴族たちはガブリエルを糾弾しようとしたが、失敗した。
ガブリエルは国から出ていこうとする民衆たちを指さし、こう宣言した。
「あんな数の裏切者が居ては、勝てる戦も勝てない。
貴族は愚かな民衆によって、虐げられている。
徹底した粛清の上で、連邦は清く、清浄になるのだ」
大勢の議会の貴族たちは、連邦の体たらくを認められず、ガブリエルの主張に賛同した。
もちろん、ガブリエルを糾弾しようとした議員たちは粛正された。
もはや、誰もストッパーが居ない。
「誰も、彼も……無能よ……!」
エレナは呻く。
エレナは殆ど、ガブリエルを見捨てていた。
ケルビンも宛てにならないとすれば……。
「新たな宿木を」




