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「生存者の救助を!」
「いいや、守りを固めるのが先です! 攻め込んでくるかもしれない!」
「指揮官は何処に行った!?」
戦闘は一日中続いたが、夜更けと共に連邦軍戦車部隊の敗北の噂が流れ、連邦各地の駐屯地では怒号が飛び交っていた。
敗北の一因は彼らの集めた情報不足と、虚偽の報告にあった。
しかし、彼らを纏める指揮官の姿はそこに無かった。
「それが、休暇届が机に!」
「はぁ!?」
◇
「……む!」
「これはマンドラ指揮官ではないですか、ご家族も」
「ええ、そちらもご家族総出のようで」
夜がまだ明ける前、連邦の郊外に、指揮官たちは居た。
彼らは闇夜に紛れるように、徒歩で移動し、家族一同荷物を纏めていた。
「きゅ、休暇ですよ。
もはや、見なくとも、連邦の勝利は確実。
勝利を祝い、家族と共に海外休暇でもと思いまして」
「ああ。私も同じですよ、ハハハハハ……」
もちろん、勝利を確信して休暇などではなく、事実上の国外逃亡であった。
彼らはお互いにそれを悟られないよう、不自然な雑談を繰り広げながら、ようやく国境沿いにたどり着いた。
しかし、安堵のため息が出ることはなかった。
「な、なんなのだ、これは!?」
四百人、いや、五百人と国境の検問所には、長蛇の列ができていた。
身なりの良い者から、貧しそうな民衆まで、中には凍えている者もいる。
夜明けとともに開かれる国境を徹夜で待っているのだ。
だが、彼らに夜明けが訪れることはなかった。
開門を待つ彼らの背後に、軍隊のトラックが乱暴に滑り込んできた。
「ガブリエル・アロンソ閣下のご命令により、連邦の国境は全て閉鎖される!」
「ば、馬鹿な!」
「同時にこのようなご命令も頂いている。
獣人に背を向けて逃げ出す、敗北者は連邦人に非ず、身分を問わずに始末せよ、とな!」
そして、トラックに備え付けられていたマシンガンが火を噴いた。
◇
一方、ケルビンたちも都市を離れていた。
とはいっても、こちらは敗走ではなく、後方のウエストランドで待機しているメンバーと、前線のメンバーを入れ替える獣人連隊のローテーションによるものだ。
ケルビンは指揮官として都市に残る気でいたが、獣人達の休んでほしいという強い要望があった。
そして、もう一つ、ケルビンらはトラックに乗り帰路についたのだが、電話線を垂らしながら走った。
これにより、都市とウエストランドは電話という通信手段を得た。
久しぶりのウエストランドには変化があった。
かつて、連邦を撃退した防衛線はより強固なものになっていた。
そして、その物々しい壁を抜けた先には、見慣れない建物がいくつか生えていた。
「モーテル、って何?」
「まったく、連中め。待機をしておけと言ったのに、何故、建築に勤しんでいるのだ」
アンが興味深げに周囲を眺め、ユキノはため息をつく。
だが、ケルビンは言った。
「良いじゃないか」
モーテルやら、ホテルやら、映画館すらある。
連邦から避難してきた人々は、そこで獣人と共に生活を行っていた。
獣人の文化には存在しないそれは、きっと連邦から人々によってもたらされたのだろう。
どうであれ、進んだ連邦の文化を、獣人達はそのあり余る体力で短い時間で再現し、発展して見せた。
「ケルビン?」
「俺は間違ってはいなかった」
獣人と人間の共存は可能だった。
連邦は強大な国力で国を広げようと試みたが、軍事力に頼ったそれは、何年もの間、全てが破壊された荒野を作り出しただけだった。
獣人連隊は半年余りで国を作り上げた。
トラックの運転席で、久しぶりに頬を緩めたケルビンを見て、アンは静かに彼の肩に身を寄せた。
◇
ケルビン達はひとまずの勝利を祝い、人間たちを交えて宴を開いた。
酒を飲み、身体が火照ったケルビンは、自宅のログハウスの縁側で夜風で涼んでいた。
今、なお、宴を楽しんでいる獣人と人々の笑い声が聞こえてくる。
その時、連邦から引っ張ってきた電話が鳴った。
「もしもし?」
「……ああ、私です。アレクサンダーです」
やや、硬い声で電話をかけてきたのは、工業都市の市長アレクサンダーだった。
「何か問題でもおきたのですか?」
「いいえ、連邦軍に動きはありません。
が、しかし、あなた宛てに電話が来て……。
お繋ぎします」
ケルビンは首を傾げた。
誰だ?
ややあって、切り替わった電話からは女の声がした。
「……もしもし」
「姉様……!」
その声はケルビンの姉こと、エレナ・マイヤーだった。




