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命からがら、獣人達から逃げ出した斥候部隊の生き残りたちだったが、彼らは完全にトラウマを植え付けられた。
泣き叫ぶもの、口のきけなくなるもの、様々な者がいた。
彼らは都市に入ってすぐ迎撃されたため、敵が何人いて、陣を張っているのか、そういう詳細な情報を手に入れることはできなかった。
しかし、すくなくとも獣人は健在であり、彼らは戦闘態勢にあるという情報は手に入ったので、斥候部隊の犠牲は無駄ではなかった。
では、どうするか? 各部隊の指揮官たちは頭を悩ませた。
情報を手に入れるために、斥候部隊をもう一度出そう。
だが、次の斥候も、その次の斥候もほとんど壊滅して、有益な情報は得られなかった。
獣人を仕留めてやると意気込んでいた者たちも、この惨状に尻込みをし始めた。
自棄になった指揮官たちは階級・地位の低い者を特攻のように向かわせたが、士気も能力も低い彼らは都市に偵察をした振りをして、でたらめな報告を行った。
さらに追い打ちをかけるように、各地の部隊のところへガブリエル・スクールの貴族たちがやってきて、情報を急かした。
「それで、有益な情報は集まったのだろうな!?」
「三日が経った! 何をクズグズしているのか!?」
「ガブリエル殿はお怒りである!」
「うっ……それが……」
大砲撃は不発であり、獣人はなおも健在、敵陣の様相はつかめず、ケルビンの所在は不明。
前半は砲兵隊の責任に転嫁できるが、後半は情報を集められなかった部隊の責任である。
そうなれば、二つの意味で自分の首が危うい、指揮官たちは項垂れた。
そして、嘘を吐いた。
「お喜びください! 我々の偵察により、獣人連隊は丸裸です!」
彼らは額にだらだらと汗をかきながら、ガブリエルらにとって、必死に耳当たりの良い嘘をつき続けた。
「都市は平坦に破壊され、そこら中に獣人と反逆者どもの死体があります! 」
「ほう!それはいい!同志カーベーの無念を晴らす戦車部隊突撃にうってつけではないか!」
「そうでございます!
さらに、獣人達は弾や食料、あらゆるものが不足しており、仲間割れすらしているようです!」
「ふむ、それでケルビン・マイヤーは何処にいる?」
「そ、それは……そう、馬鹿と煙はなんとやらというように、市役所の最上階に居座っているようです!」
「……全てが破壊され、平坦になったのではなかったのか?」
「い、いや……市役所だけは砲撃を免れたようですな」
「奴を見つけたのに、撃たなかったのか?」
「……」
貴族たちがいぶかしげな表情で、指揮官に囲む。
駄目かもしれない、指揮官が覚悟した時だった。
貴族は彼の肩に手を置き、満足そうな表情を浮かべた。
「素晴らしい、身の程をわきまえたようだな」
「えっ?」
「ケルビン・マイヤーは我々ガブリエル・スクールの手によって抹殺する。
これは貴族の輝かしい時代の始まりを告げるための、華やかなセレモニーだ。
それがわかっていたから、手を出さなかったのだろう?」
「も、勿論でございます!」
「ガブリエル閣下には、貴様の働きを伝えておこう」
「ありがたき幸せ!」
まさに天国から地獄、指揮官は胸をほっと撫でおろした。
自分さえよければという甘えの感情が、今後の連邦にとっては、地獄行きになっていくとも知らずに。
◇
軍だけではなく、民間にもこの風潮は押し寄せた。
連邦お抱えの財閥企業は戦車をすぐに大量に作るように命じられていた。
この前、初の実戦を迎えたように、まだ戦車は試作段階であり、量産体制は整っていなかったが、財閥企業の経営者たちは提示された大金に目がくらみ、飛びついた。
庶民労働者たちに、16時間労働を命じ、一台でも多くの戦車を作らせた。
しかも、ガブリエルが大型で多くの砲がある戦車の方が効率的に、獣人を倒せると言い出したため、大型の二型戦車を量産する羽目になった。
彼らは溶鉱炉の灼熱の中、何十キロ鋼鉄の部品を運び、意識が朦朧とする中、それを組み立てた。
劣悪な環境の中、何人もが命を落としたが、庶民は保険に入っていなかったので、経営者は気にしなかった。
「本日のノルマ未達! 今日は4時間残業だ!」
「休憩は5分までとする!」
「はぁ、はぁ……滅茶苦茶を言いやがって!」
「貴様、今の態度は連邦に対する反逆だ! 連行しろ!」
愚痴を吐けば、粛清。
労働者たちはとてもじゃないが、製品の品質を保証できる状況ではなかった。
結果、出来上がった戦車は見た目は立派だったが、中身はエンジンのボルトが浮いていたり、砲身が歪んでいたりと、カタログスペックには程遠い、粗悪品だった。
とりあえず、戦争の準備は整った。




