06
占領から三日後。
いまだ、連邦軍に動きはない。
ケルビンは占領地で、内政を行っていた。
ウエストランド第5地区には、連邦軍人以外にも、民間人がいた。
彼らは連邦に併合された地域の人々だ。
ケルビンは地区長と呼ばれる彼らのリーダーのところに赴いた。
民間人たちの3分の1は連邦へと向かい、それ以外人々はこの地に残るようだ。
「もちろん、我々は連邦に向かう人々には手出ししません。
それは個人の自由だ。
ここに駐留していた第7中隊のトラックをお渡しします」
「ああ」
地区長はそっけなくうなずいた。
「先ほども申し上げた通り、我々はこの地に駐留させていただく。
これまでは連邦に防衛費として、重い税金を支払っていたようですが、今は頂きません。
我々とあなた方の間に信頼関係が結べてから、そういう話をいたしましょう。
では」
「国に見捨てられ、連邦の次は獣人部隊か。
力ない者はいつもこうだ」
ケルビンが扉を閉める直前、地区長が嘆きを呟いた。
「だったら、力と意志を持て」
扉が閉まった後、ケルビンはそう呟いた。
そして、空を見上げて、暫し物思いにふけった。
思い返すのは、彼の少年期のことだ。
彼は連邦の辺境の村で生まれた。
父と母と優秀な姉、それなりに裕福な家庭だった。
「父上、母上、学校の試験で1位を取りましたわ」
「エレナは本当に賢いわね!」
優秀で、見た目もよい姉エレナは両親からの溺愛を受けていた。
一方、ケルビンはそうではなかった。
「ケルビン、どうしてそんなに薄汚くなって帰ってきた!?」
「が、学校の花壇の手入れをしていたんです。
誰もやりませんから」
「汚いぞ!
体を洗ってきなさい!」
父からの厳しい言葉を受け、ケルビンは困ったように愛想笑いをするが、父を苛々させるだけだった。
両親はケルビンに悩まされていた。
彼は落ちこぼれと言う訳でもないが、内気で口数が少なく、姉と比べるとどうしても見劣りしてしまった。
両親はケルビンが去ったあと、ひそひそと話をした。
「少しかわいそうな気もするけど、仕方ないわよね」
「ああ。
むしろ、少し根性を付けた方がいいぐらいだ」
父の手の中には赤い紙が握られていた。
ある日の食卓の場で、ケルビンはその紙の正体を告げられた。
「徴兵令、ですか?」
「ああ。
公平性を保つために、完全にランダムで配られるらしい。
今回は我が家ということだ。 行ってくれるな?」
「行ってくれって、そんな……」
ケルビンには理解が追い付かなかった。
その様子を見て、両親はうなずき合う。
「良い機会なんじゃないの?
あなたやりたいことがあるのか、どうかもわからないし」
「そうだ。
草むしりだの、掃き掃除だの、ちっぽけなことばかり!
エレナを見習え! 国の役人になるために努力し、都の大学からの推薦状まできているんだぞ!
お前は何がしたいんだ!?」
「僕はそんなつもりで」
「じゃあ、何がしたかったの!?」
「そうだ。お前が行かなかったら、エレナが行くことになる!
ふざけた理由なら承知ないぞ!」
そういわれると、ケルビンには何も言えず、ぼろぼろと泣き出した。
心のどこかで、自分の優しさが誰かに認められると信じていた。
「決まりだな。
軍隊でその情けない精神を鍛えてもらえばいい」
両親は内心ほっとした。
ケルビンの首を縦に振らせるため、息子を死地へと送るための昨夜から作戦会議していたのだ。
二人で追い詰めるという作戦はうまくいった。
その様子を見て、姉エレナは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
◇
それから数日後、ケルビンが軍に召集される日が来た。
彼が玄関に立っても、両親が見送りに来ることはなかった。
だが、出発の直前、エレナが現れた。
「ケルビン……」
弟を呼び止める姉は、儚く、悲し気に見えた。
最期になるかもしれない、ケルビンは自分の本音を姉に明かした。
「姉様、草むしりとか掃除とか、僕はいろんなことをやってきたけど……誰かに評価されたいとかじゃなくて、ただただ、皆に笑顔になってほしかったんだ。
だから、皆の笑顔を守るために、軍隊でも前向きに頑張るよ」
「ケルビン、知ってたよ」
「姉様……!」
だが、次の瞬間、エレナは顔を歪ませた、嘲笑した。
「全部、無駄だったわね」
「姉様?」
「あなたがそういう性格だって知ってたけど、だから、あなたの頑張り全部、笑えたわ。
何をしても、結果なければ、人間に価値なんてないわ。
いいえ、藻掻く金槌よりみっともないものはないの。
あなたを見て、ああはならないようにって過ごしてきたのよ。
じゃあ、バイバイ」
クスクスと笑う姉の背中を追う気にもなれず、ケルビンは逃げるように家を後にした。
後に知ったことだが、ケルビンのやってきた草むしりなどの地道な善い行いは、いつの間にか、エレナの行いということになっていた。
品行方正の姉に、だらしない怠惰な弟。
故郷の村では童話のように、語り継がれたという。
結果がなければ、人間になんて価値はない。
これはケルビンが獣人たちを率いて、反乱することになる現在でも、ケルビンの脳裏に張り付いた言葉だ。