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 一夜明けると、続いていた砲撃が止んだ。


 街には白い霧が立っていた。

 いや、霧ではなく、破壊された街から上る硝煙だった。

 工場の外に出た都市の人々は、その光景に絶句し、立ち尽くしていた。


「行こう、彼らだけにさせてやろう」


 そう、ケルビンは獣人らに呼び掛けた。

 ケルビンは、ユキノとアンを引き連れて人々が見えなくなるまで歩き、ぼそっと呟いた。


「絶対に、彼らの前では言えないが……かなりマシだな」


「確かに」


 ユキノも静かに頷く。

 高層住宅や商店の屋根には大穴が空き、道路はえぐれ、街路樹は倒れている。

 原形は保っている、それだけでも、連邦が他国にしてきた砲撃の跡に比べると、かなりマシなのだ。

 皮肉なことに、連邦お得意の大砲撃は連邦古来からの建築技術には耐えられたのだ。


 砲撃は何もかもが崩れ果て、泥と瓦礫に変えてしまう。

 連邦はそんなことを繰り返していたから、僅かな都市しか残らず、開拓政策は失敗に終わった。

 それでも、何もかもが崩れるような砲撃でも、意志を持った人々は倒せず、彼らは勇敢に連邦に歯向かった。

 ケルビンら獣人連隊は彼らを殲滅するために投入されたのだ。

 地獄のような戦いだった。


 彼らの為にも、連邦を粛清しなければならない、とケルビンは考えていた。


「ね、ケルビン!」


 しかし、ケルビンはアンの好奇心旺盛な声で現実に引き戻された。


「うん?」


「あれって、お洋服屋さん?」


 砲撃の破片で、外装がはがれているが、間違いなく街の小さな洋服屋だ。

 ケルビンが頷くと、彼女は飛び出すようにかけていき、ユキノはため息をついた。


「おい、店の中で走り回るな、店の人に……いないか」


 店主は都市から離れたようだ。

 全身ではしゃぐアンと、素振りには出さないようにしても、尻尾が立っているユキノにケルビンは苦笑した。

 彼は何時かと同じように、倒れた貴族の兵から奪った金の懐中時計を店のカウンターに置いた。

 仮に、革命で連邦の貨幣の価値がなくなっても、金の価値は下がらないだろう。


「ねぇ、これどう?」


 店の奥に消えたアンが戻ってきた。

 淡い桜色のフリル付きブラウスに、クリーム色のスカートを揺らしながら、くるりと一回転してみせる。

 黄色い花の髪留めがかき分ける彼女の表情は明るく、尻尾も楽しそうに跳ねている。


「いいじゃないか、似合っている」


「なんか……退屈な感想」


「いや、なんというか……言葉にできないんだよ」


「なにそれ、へん!」


 実際、ケルビンは心温まるような感動を感じていた。

 戦場の真ん中であろうとも、これは少年期に、彼が送りたかった青春だった。


 一方のユキノは一つの服に視線を注いでいた。

 それは連邦の流行りの服ではなく、東洋から輸入した変わり種の服だ。


「袴……というのか?

 詳しくはないが、東洋から来たものらしいな」


「物心ついたころには、連邦に連れ去られていたが、私の生まれは東洋らしい。

 しかし、脳裏に何処かにこれの記憶がある。


 まぁ……私としてはどのような服であろうと、誰よりも早く戦場を駆け抜けるので、問題はないのだが、しかし」


「もう、難しいことをつらつらと、本当は着たいんでしょう!?」


「ちが、引っ張るな、猫娘!」


 結局、ユキノはアンに試着室に連行され、数分後に出てきた。

 彼女は珍しく顔色を朱に染めて、淡い水色の袴と深紅のスカートを身にまとっていた。

 ケルビンが彼女を見ると、ユキノは目を逸らした。


「可笑しいなら、可笑しいと言え。

 猫娘と違い、私に色気などないのだから、そもそも、さっきも言った通り――」


「ユキノ、構え」


 ケルビンが突然、号令を発したので、ユキノは反射的に刀を抜く。

 その瞬間、彼女の顔立ちは打って変わって端正なものとなり、服装も合わせて、凛とした侍となった。


「かっこいいじゃん!」


「うん、当分はそれを着てくれ。

 隊員たちの手本だ。部隊の士気が上がる」


「ま、まぁ……そういうなら、まぁ……」


 ケルビンは店の奥に、民間では珍しいカメラを見つけた。


「せっかくだ、撮ろう」


「りょうかい!」


「写真は嫌だ。魂が取られる」


「迷信だ。

 それが本当なら、連邦の兵はカメラを片手に突撃してくるだろう」


「だが……不気味だ、風景がそのままそっくり映るなんて!

 妖魔の類に違いない、怖いものは怖い」


「なら、ケルビンの手を握ればいいんじゃない?」


「それでいいのか?」


「それなら……」


「それでいいのか……」


 カメラのタイマーがセットされ、三人は横一列に並ぶ。

 下を向いてケルビンの手を逃げるユキノと、気まずそうに握り返すケルビンの間には微妙な空間があった。

 カメラのシャッターが切られる直前、アンは自分諸共二人をくっつかせた。


 カシャリ、と乾いた音が響いた瞬間、三人の影が寄り添うように一枚の写真となった。













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