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 降参とは思えない高圧的な態度は、滑稽無糖な振る舞いに見えた。

 しかし、貴族の価値観では、当然の権利を使っているだけだった。

 古い時代より、多くの財産を持つ貴族は、戦で敗れ、捕虜になった際には、国や家が解放の為の身代金を支払ってくれた。

 だから、敵国の兵士も金になる貴族の捕虜は丁重に扱うのが暗黙の了解だった。


 ただし、これは戦争ではなく、彼らが初めた虐殺の末路だった。


 獣人と民衆たちは怒りを通り越し、言葉を失う中、そこにケルビンが現れた。

 ケルビンを見た貴族たちは憎々し気に恨み言を吐いた。


「貴様も弱小とはいえ貴族の一人の分際で……この悪魔崇拝者め!」


「地獄に落ちろ!」


 降伏が拒まれるはずがない、受け入れて当然と言わんばかりの態度だった。

 その言葉にカッとなった獣人の少女が銃を構えるが、ケルビンはそれを手で制した。


 そして、ケルビンは問うた。


「貴族の捕虜というのはどう扱えばいい?

 食事は?」


「……当然、肉とパン、葡萄酒、この程度のモノは当たり前だ」


「牢屋などありえない! 個室を与えよ!

 さらに言えば、我々には娯楽の権利 もある。貴族は知的な存在だ。読書のための書物や、音楽を楽しむ楽器も用意するのが礼儀というものだろう!」


「そうだ。

 貴様らの態度次第では、連邦も恩赦を与えるかもしれぬぞ?」


 ケルビンはその回答に頷くと、民衆を振り返った。


「――だそうだ。

 恩赦などいらないから、この貴族の処遇は、あなた方に委ねる」


 ケルビンらは静かに立ち去る。

 だが、次の瞬間、民衆たちが貴族を目がけた殺到してきた。

 彼らの手には包丁やバール、火かき棒など、隠す気のない殺意が握られていた。


「何をする気だ! 聞いていなかったのか、捕虜としての扱いを――!?」


「待て、やめろ! 我が家門の名にかけて誓う! 連邦に戻った暁には貴様らを許し――ぐあああ!?」


「よくも、俺たちの街を!」


「葡萄酒を作るように踏み込んでやる!」


「酒が欲しいんだろう! カクテルだ、傷口にしみるだろうよ!」


 ケルビンの背後で、民衆たちが貴族たちに()()()を果たしている。

 民衆たちの制御不能な怒りと、雑多な凶器は下剋上が終わるのを長引かせるだろう。

 後ろから聞こえる断末魔と何かを砕く音は、戦場に慣れた獣人達の顔を引きつらせるほどだった、

 異常な憎しみが連邦を支配していた。


 別の区画で殲滅を終えたユキノとアンが合流する。


「降伏したものを軍隊では始末できないから、民衆に託した。

 なるほど、指揮官も慈悲がない。

 尤も、慈悲などいらぬ連中だったが」


「あなたたちの家族は突然虐殺されたが、戦争のルールなので、降伏した彼らには手を出してはいけない。

 そんなこと、俺には言えないし、止められない」


 ケルビンたちは話しながら、街中を進んでいく。

 貴族たちを素早く制圧で来たが、それでも、酷い乱射のせいで破壊の爪痕が残っている。

 呆然と座り込む民衆たちは、ケルビンの姿を見ると、手縋るように手を伸ばす。


「頼む、助けてくれ!」

「どうか、私たちを見捨てないで!」


 ケルビンらが中央の広場に行くと、そこでは激高した民衆たちによって連邦の国旗が引きずり降ろされるところだった。

 民衆達はケルビンの接近に気が付くと、手を止めて、どこか気まずそうに散った。

 彼らの手によって降ろされた国旗をケルビンが持ち上げると、アンの前に掲げて見せた。


「アン、感情のままにやってくれ」


「この!」


 アンは唸り声と共に、国旗に向けて手を一振りした。

 立てられた鋭い爪が、赤い国旗を三本の線のように引き裂いた。

 その哀れな姿となった国旗をケルビンは、広場に掲げた。


 三本線が刻まれた国旗が風でははためくと、広場からは歓声が上がった。


 これ以降、赤地に走る三本線は獣人連隊の象徴、引いてはウエストランドの国旗として認識されるようになった。










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