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何かの間違いだ、そうに違いないとエレナと彼女の側近、支持者たちはそう信じた。
だが、現実は非情であり、選挙の開票が進めば進むほど、敗北が現実として突き付けられた。
獣人との戦争に反対する候補者に敗れた。僅差ではなく、かなり差が開いていた。
「そんな、あり得ない……」
エレナは膝から崩れ落ちた。
貴族や経営者、知識層たちを優遇し、半分の以上の票を確実なものにするという彼女の目論見自体はそこまでずれていないように見えた。
ならば、何故、破れたのか?
まず、ケルビンたちはこの選挙自体には干渉しなかった。
そして、当然ながら、彼女が相手にしなかった庶民たちは怒りから、彼女に票を入れなかった。
では、彼女がターゲットにした支配層たちはというと様々な理由があった。
民衆が苦しんでいる中で毎晩行われたパーティは、誰の目にも好ましくないものとして映った。
彼女の支持者らが街頭上で、獣人や民衆を下品な言葉で侮辱するパフォーマンスは学のある者たちの眉をひそませた。
強行的な手段の彼女のやり方を危惧した知識人。
従業員たちを守るために、利益を捨てた経営者。
真実の誇り高き高貴なる者として、ノブレス・オブリージュの観点から民衆弾圧を拒否した貴族。
獣人に対する過去を反省し、別の未来をつかみ取ろうと決心した民衆達。
その数は多かった。
打算的で、欲望にまみれた損得勘定でしか考えられないエレナたちには理解できない敗因だった。
対照的に勝ち馬に乗ろうと、エレナを押していた支持者からは落胆の声や、舌打ちすらも聞こえてきた。
「なんだよ、大損じゃないか」
「所詮は、小娘か」
エレナは耐えきれずに、がっくりと俯く。
全てが肯定されてきた彼女の人生で、誰かから悪意を向けられたのは初めてだった。
「あの革命家ケルビン・マイヤーと同じ血を引いているのに、こっちはこれか」
だが、誰かが皮肉たっぷりにいったその言葉に、エレナの眉はピクリと動いた。
そして、彼女は立ち上がった。
「エ、エレナ嬢!何処へ!?」
エレナは事務所の控室まで戻ると、富裕層で普及し始めた電話の受話器を取った。
掛けた先は、彼女のパートナーだった。
「ガブリエル様」
「やぁ、電話をくれるなんて。
聞かなくてもわかるよ。おめでとう、新市長」
「……。
いえ、破れたのです」
「何?」
エレナには、ガブリエルの声がいつもより低く聞こえた。
だが、間髪を入れず、彼女は叫んだ。
「ケルビンです! 獣人達が裏から選挙を妨害したのです!
これは不正選挙です!」
愚弟に負けたくない。
失望されたくない、笑われたくない、失敗したくない、そんな幼稚な考えで、彼女は出まかせを言った。
「エレナ」
「本当です、どうか、信じて!」
「……信じないわけがない、信じるさ!
やはり獣人のせいか!
君はそこを離れ、私のところに戻れ。
あとは私に任せてくれ!」
「ガブリエル様……!」
エレナは感動の涙と共に、受話器を置いた。
そして、側近や支持者を置いて、密かに抜け出した。
◇
ガブリエルは、襟のタイをきつく締めなおした。
「我ながら、抜かりのない男だ」
エレナの電話を受けてから、すぐにガブリエルは自分の軍隊を招集した。
獣人殲滅の為に集められた一個軍隊だ。
実力で選ばれたというより、家柄や思想で選ばれた軍隊だったが、ガブリエルに忠誠を誓う兵士達だった。
これから楽しい狩猟を行うかのように、ニヒルな笑みを浮かべる彼らの前で、ガブリエルは両手を広げた。
「同志諸君!
我々、貴族が作り上げた連邦は獣人の前足によって、握りつぶされようとしている!
貴族の恩義を忘れた愚衆たちは、獣人に頭を下げたようだ!
もはや、愚衆につける薬などない!」
「ご命令を、指揮官!」
「獣人、そして、エレナ以外に票を入れた愚衆を殲滅せよ!
一人、残らず!」




