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ウエストランドの方でも、変化は起きてきた。
ある日、ケルビンの元へ突撃部隊の獣人の少女が人間の青年を連れてきた。
「たのもう! 指揮官、きききききき、聞いてほしいことがあああるんだ」
「落ち着け」
話を聞くに、この地で過ごしていくうちに、二人は結ばれたようだ。
ケルビンを前に、青年は床に額をこすり付けた。
「娘さんをください!」
「いや、頭を上げて……娘?」
「この子が指揮官は父親のようなものだって」
ケルビンがそちらを見ると、彼女は目に涙を貯めていた。
「指揮官、私を育ててくれてありがとうううううう!」
「お、大袈裟な……」
「大袈裟なんかじゃない!
指揮官が居なかったら、私は人間なんて嫌いで、それでも、人間に従うしかなくって……! 」
「おっと!?」
今までの苦労がよみがえってきたのか、彼女はケルビンに飛びつき、その膝元でわんわんと泣き出した。
ケルビンはそれを何とか受け止めつつ、目を白黒させている青年に、苦笑した。
「世話のかかる子だけど、よろしく頼むよ」
◇
ケルビンが野外の演習場に出ると、そこではユキノが刀を振るっていた。
彼女から離れたところで、それを熱心にみる集団がいる。
獣人、それから人間の少女たちだ。
何人かは戦闘技術の向上のために見学しているが、そのうちの大勢は彼女のファンだ。
獣人連隊のころから、彼女の剣技は皆を魅了していたが、人間にとっても同じのようだ。
女にモテるというのも。
とはいえ、ユキノもまんざらではないようだ。
表情は真剣そのもので、訓練に集中しているようだが、尻尾がピンと立っている。
ケルビンもその様子を遠くから見学しようと、ぼろのベンチに腰を下ろした。
「ふぎゃあ」
突然、うめき声がして、ケルビンが驚いて腰を上げると、そこには猫の尻尾があった。
その尻尾を辿っていくと、地面に寝そべっているアンが居た。
「ベンチから落ちて、尻尾を踏まれても起きないのか……」
「むぐぐ」
ケルビンはその軽い体を持ち上げ、ベンチに戻してやると、アンは再び安らかな表情で寝息を立て始めた。
彼女の赤い前髪をかき上げる、さらさらで、とても二丁拳銃と共に戦場を駆け抜ける獣人とは思えない。
彼は渡す機会を逃し、ずっと懐にしまっていたままの連邦で買った”プレゼント”を取り出した。
露店でアンがじっと見ていた黄色い花をかたどったシンプルな髪留めだった。
その髪留めは、彼女のさらさらに簡単に入っていった。
眠りながら、心なしか微笑んだアンにケルビンは、静かに呟いた。
「安くはなかったんだ。見返りをくれよ。
……生きていてくれれば、それでいい」
生きていてほしいという至極簡単そうに見える要求は、彼らにとっての困難だった。
今日、連邦の貴族と民衆が突然仲直りして、五万の軍勢で来れば終わる命運なのだ。
野外演習場の遠くで、射撃訓練の銃声が響く。
ケルビンは彼女らに、射撃のスタイルを変えさせた。
フルオートで連射するのではなく、単発で撃つように。
単発で的確に敵の急所を狙っていく方が、弾の節約になる。
物資の強奪や敵兵の残した弾を回収して回っていたが、度重なる戦闘で弾薬が少なくなってきていた。
この前、派手に登場させた戦車も、燃料の都合でもう連邦までもっていくことは厳しい。
弾を製造するのは……ウエストランドの現在の人や設備では無理だ。
「クソ、偶には弾の方から歩いてきてくれないか」
丁度、その時だった。
演習場の向こう側から獣人達が何人かの男を連行してきた。
見ない顔だ、ウエストランドの人間ではない。
「あ、指揮官!」
「侵入者か?
どうして、花火で知らせなかった」
「ご、ごめん。でも、こいつらなんかおかしいんだよ。
軍人でもないし、チンピラでもないし」
「だからそういっているだろう!」
「やれやれ、とんだ長旅だった」
「誰かが歩きで行こうなんて言わなければな」
困惑している獣人が言うように、彼らは軍人ではなさそうだった。
だが、獣人に縄でぐるぐる巻きにされているのに、飄々としており、体つきはがっしりとしていた中年の男たちだった。
確かに、様子のおかしい男たちだ
「何者なんだ?」
ケルビンが尋ねると、男たちはニヤリと笑った。
「俺たちは連邦銃製造組合のもんだ」




