45
地下室では音がこもり、足を撃たれたレオナールのうめき声が響く。
地獄のような雰囲気の中、ケルビンは来場者の帳簿をめくっている。
ぺらり、ぺらりとめくるその音が、富豪たちを恐怖のどん底へと落としていく。
ケルビンはちらりと後ろを見て、拘束されたままの少女たちに詫びる。
「悪いが、もう少し待ってくれ。
事が済んだらすぐに解放するよ」
「た、助けてくれてありがとうございます。
その……あなたは獣人なんですか、それとも人間なんですか?」
「さぁ……どっちなんだろうな」
獣人の少女の困惑の問いかけに、ケルビンはどっちつかずの返事を返した。
富豪の中の一人が声を上げた。
「じゅ、獣人につくなんて分の悪い賭けだ!
ここで見逃せば、私が君を放念するように、政権に働きかけよう!」
「上院議員エドワーズ・ハレルソン。
二年前まで、軍司令部の人間だった。
なるほど、獣人連隊に補給を寄越さず、無謀な突撃で全滅させた張本人か。
俺たちもあぶなかったな。
なぁ、ユキノ」
「ああ」
「ま、待て!」
刀が一閃され、その男の首から鮮血が立ち上る。
「ひ、ひい!」
「他の奴はいい。私は助けてくれ!」
「き、貴様!」
「命乞いじゃない、これは論理的な考えだ。
私は獣人を買いに来たわけではない。そこにいる人間の女を買いに来たんだ。
お、お前は人間が嫌いなんだろう。
俺だって、自分以外の人間なんて嫌いだ、一緒だ!
な!?」
「アレルア二世、父から莫大な土地を受け継いだ地主。
新たな土地の取得の為に政府に農村部の民衆の徴兵増大を進言、恵まれない青年たちを戦場に送り込んだ。
アン、やってくれ」
「わかった!」
「は!何故!?」
その青年は疑問を呈したまま、アンの二丁拳銃に撃ち抜かれた。
「や、やめろ!」「誰か助けてくれ!」「金ならある!」
そうした声を無視して、ケルビンは帳簿を読んでいく。
そして、全部読み切ると、それを投げ捨てた。
彼は少女たちの方に向かい、獣人・人間関係なく解放し、腰をかがめた。
「悪かったな。もう終わる。
そこで皆に固まって、耳をふさいでてくれ」
次にケルビンは、アンとユキノの方を向いた。もう富豪たちには目もくれてなかった。
「児童買春、死刑。獣人虐待、死刑。奴隷商人、死刑、死刑、死刑……全員死刑」
「やめろ!」「うわああああああああああ!?」
富豪たちは一目散に逃げようとしたが、まさに狼に襲われた羊の群れだった。
断末魔がいくつも木霊し、一人ずつ減っていき、やがて、消えた。
周囲が静かになったが、一人の金切り声が響いた。
「あ、悪魔崇拝者などではない! 悪魔そのモノではないか!」
「生きていたか」
声の主は、レオナールだった。
片足を血の海に沈め、顔面は蒼白となっていた。
「獣人殲滅を掲げつつ、裏ではこんなオークションを開いているやつに言われたくないな。
自分自身も獣人を使っていたんだろう?」
「何を言うか!?
此処に集まったものたちは、連邦を作り上げた生きる偉人たちだった。
我らには禁断の果実を食す権利があるのだ!」
「何が禁断の果実だ。歪んでいる」
「歪んでいるのは貴様の方だ!
獣人の肩を持っていると思えば、獣人に手を出していない者も殺める!
お前は人間か、獣人かどっちなんだ、一体何者なんだ!? 」
今度は憤怒の問いかけ、二度目の問いかけだった。
いや、それはケルビン本人が何度も自身の中で繰り返してきた問いかけだった。
「何度、俺に尻尾と耳があって、獣のような力があればいいと思ったことか。
だけど、どう考えても、俺は人間だった」
「ならば、このような凶行を――!」
「凶行? 凶行はそっちのほうだ!
そうだ、お前たちがこの連邦を作り上げた。
全ての十字架を獣人に着せ、自分たちを正当化させてきた!
お前たちに少しばかりの良心があって、獣人が静かに生きることを赦していれば!
俺はアンやユキノと、戦場ではなく、ほかの皆と街角や学校で出会った!
俺はケニーやアレンのような友人を失わなくてもよかった!
俺は連邦の兵を殺さなくてよかった!
獣人と共存することだってできたのに!
罪を犯したんだ、お前達全員!」
アンとユキノはケルビンの傍らに寄り添うように立ち、それぞれの得物を抜いた。
「じゅ、獣人と人間が共存するなど荒唐無稽の絵空事だ!」
「それを絵空事と言わせないために、俺はここに立っている。
……俺はケルビン・マイヤー、ただの人間だ。
罪を犯した人間は、人間が粛正する」
「……ま、待つのだ!」
ケルビンはショットガンを乱射した。
足、腕、関節部を射抜いていく、残虐とも言えるやり方で、ケルビンはレオナールに罪を数えさせる。
「おお、神よ!
私を救いたまえ!」
「神の奇跡など起こさせない!」
ケルビンが彼の頭蓋骨を撃ち抜き、アンもリボルバーを放ち、ユキノが刀を突き刺した。
ケルビンは、無機質となったそれから目を上げると、地下室に鎮座していた豪勢な女神像を睨みつけた。
「神をも、殺すと宣言したんだ」




