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日を跨ごうとしているが、連邦の露店通りの活気はにぎやかだ。
ケルビンとアンは通りを歩く。
アンは雨合羽のフードをかけて歩くが、薄暗い夜ではフード付きの服に見えるので誰も気に留めなかった。
「あれなに?」
「アイスクリームだな。
こんな夜中にも売っているなんて」
「へぇ……これください!
ちべたい! でも甘い、おいしい!」
アンは冷たさに片目をとじながら、アイスをぺろぺろと舐める。
その後も、アンは猫のように、目についた露店に飛びついては物珍しそうに見つめ、またすぐに別の店へ飛びつく。
「これなに? あれなに?」
ケルビンはその様子に、苦笑する。
確かにいい気分転換になる。
「ぼちぼち帰るとしようか」
「……はーい」
いささか、遊び足りなそうなアンと帰路に就く。
だが、ホテルまでの道のりで街頭が少ないところに入った瞬間、複数の人影が現れた。
4,5人の18ぐらいの少年たちだった。
「ちょっと待った。そのフード付きの女、フードを取って見せろ」
「誰だ?急に出てきて」
「獣人達をから連邦を護る為に、憂国防衛隊からインスピレーションを得て、結成した愛国防衛隊だ!」
「ゆうこく? ああ。あの弱いチンピラの集まりね。
あんなのに憧れるなんて、よっぽど酷いコミックでもみたの?
頭のないのに、センスもないのね」
「アン、言葉が過ぎるぞ」
「この女!?
皆、力づくでこいつの服をはぎ取ってやれ」
アンの言葉にカッとなった青年たちが、拳を振り上げて、二人に襲い掛かる。
アンはむっとして、臨戦態勢に入るが、ケルビンはそれを手で制した。
「こんな青二才は俺だけで十分だ」
ケルビンはアンにコートを投げ渡し、連携もなく、ただやみくもに振りかざれた拳を蝶のようにひらりと躱す。
拳を避けられた少年たちは、バランスを崩し、バタバタと倒れる。
「まだ餓鬼かもしれないが、少しばかり、痛い目にあってもらうぞ」
「何を!?」
少年たちは立ち上がり、勢いのまま、ケルビンに向かっていったが、2,3分のうちに顔中があざだらけになり、地面に倒れることとなった。
「悪い、時間がかかりすぎた。
帰ろうか」
「ううん、かっこいいとこ見れて満足!」
少年たちには、ケルビンとアンが二人寄り添いながら歩き去っていくのが癪に障ったのだろう。
リーダー格の青年が、彼らの後姿に捨て台詞を投げた。
「後悔するぞ!
僕の父さんは役人で、あのレオナール枢機卿と交流がある。
教会を舐めるなよ!」
「なら、安心だよ。
枢機卿、明日にはいないから」
ケルビンは彼らには聞こえないように呟いた。
◇
「ステルス・ミッションの基礎を思い出すんだ。
絶対に、物音を立てるな。
相手はユキノだぞ、用心しろ」
「う、うん。あいつにみつかったら、ヤバい気がする」
帰ってきたホテルの部屋の前で、ケルビンとアンはひそひそと話し合った後、音を立てずに扉を開ける。
扉を開けて、二人は安堵した。
部屋は暗闇のままだ。
どうやら、二人が抜け出したことに誰も気づいていないようだ。
ふたりは、忍び足で自らのベッドに戻る。
「ねぇねぇ、一緒のベッドで寝ちゃう?」
「馬鹿なことを言うな」
「……随分とお楽しみだったようだな」
突然、暗闇の中に立ちふさがるシルエットが現れ、ケルビンは腰をぬかしかけ、アンは文字通り飛び上がった。
その目は闇を貫くように、鋭い光を放っていた。
「ユキノ、誤解があるようだ。
これは、そう夜間偵察……」
「二人とも、そこに正座」
「はい……」
◇
次の日の夕方、少し強い雨が降り出した。
雨の中、通りを歩く母子がいた。
「いいこと、ハンス。
あなたは勉強したくない、したくないって駄々をこねるけどね。
見なさい、あの哀れな人を」
母は教会の近くの立派なお屋敷で、梯子をかけてなにやら工事作業をしている雨合羽姿の人を指さし、子に説教する。
「ああいう人々はね、学がないから、雨の中ずぶ濡れの仕事をしなければいけない、働きアリなの、
ハンス、あなたはね、ああいう人に指図するお屋敷側の人になってほしいのよ」
職業差別を全開に押し出した人の心がない説教をしながらも、その母はふと異変を感じた。
(あの作業者、モップを持っているけど、雨の中窓を拭いたところで……。
学がないからかしら)
その次の瞬間、雨合羽姿の人物がモップを窓に叩きつけた。
窓が激しく割れると、その人物たちは素早い身のこなしで中へと入っていった。
突入の際、彼女らの雨合羽のフード部がはらりと落ち、頭が露わになった。
「じゅ、獣人よ!」
その母を含めた、通行人たちは恐怖に叫んだ。
「時間だ。
エリカの部隊が連邦教会要人の屋敷に突入を開始したころだ。
俺たちも本丸を狙いに行こう」
「わかった」
ケルビンとアン、ユキノらは雨合羽を着て、堂々と教会の前まで歩いた。
受付のシスターが恭しく、頭を下げる。
「信仰深い連邦の人よ。
残念ながら、本日はレオナール枢機卿の主催する催しの為、礼拝や懺悔は」
「いや、懺悔しにじゃなく、懺悔させに来たんだ」
ケルビンはそういうと、二人のフードを外した。
獣人の耳を見たシスターは腰を抜かした。
シスターを尻目に、ケルビンらは教会へと突入した。




