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翌早朝、初めてのピザやらコーラやらを楽しんだ獣人達が寝ている中、ケルビンは一人早く起き、窓辺から双眼鏡を使って、連邦教会を眺めていた。
連邦政府の献金を受けて成長した連邦教会の本部は、教会というより、もはや宮殿のような外見をしていた。
巨大な天使像と、シャベルとハンマーを組み合わせた連邦のモニュメント、朝早くから大理石の階段をシスターたちが清掃している。
それは朝の爽やかな風景には見えず、彼女らは切羽詰まって掃除をしているようになる。
やがて、彼女らは誰かの接近に気が付き、清掃の手を止めて、モーセの海割りのように階段の隅によけて、深々と頭を下げた。
「あれか」
その人物は立派な司祭服を着こみ、多数の付き人を引き連れ、階段を上っていく。
ちらりと見えたその顔は、一見、童話のサンタクロースのような柔和な顔立ちの老人だった。
「レオナール枢機卿」
連邦教会の7人の枢機卿の一人であるこの男。
連邦人こそが人類を導く優越種であり、獣人は悪魔の手先であり、殲滅しなければならないと主張する『連邦教会過激派』のトップでもある。
そんな彼だが、もう一つの顔もある。
獣人殲滅を掲げる一方で、ケルビンの両親のマイヤー夫妻が行っていた獣人売買の大口客だったのだ。
自分で使うつもりか、それとも別の顧客に売るつもりか、どちらにせよ、ケルビンは今すぐ持ち込んだ狙撃銃で撃ってやりたかった。
だが、此処で撃てば、レオナールは獣人殲滅の志半ばで散った英雄になりかねない。
奴の所業を世間の公表したうえで、粛清しなければならない。
「ん?あれは?」
双眼鏡を覗いていたケルビンは教会の近くにあるものを発見し、目を見開いた。
「む、もう朝か? 猫娘起きろ」
「なぁに、もううるさい~」
ケルビンはため息をついて、双眼鏡を机に置いた。
◇
その日は一日中晴れていた。
行動に移すのは、雨の降る日、ケルビンらは地図を囲んで作戦を練り、武器の整備をして、一日を終えた。
その夜のことだった。
日が変わる少し前、アンは目が覚めた。
「うーん、トイレ」
そうして、眠気眼のままに立ち上がったアンだったが、その目に、部屋を静かに出ていくケルビンが映った。
「ケルビン?」
アンが彼を追いかけると、どうやら、彼はコートを羽織っており、外出するようだ。
何故、この真夜中に、誰にも告げずに外に出るのか、疑問に思ったアンは雨合羽を羽織り、密かに後を付けた。
「お客様、雨は降っていませんが?」
「えっ!? 」
フロントに差し掛かった時、フロントのホテルマンが不思議そうに尋ねてきた。
確かに雨が降っていないのに、雨合羽を着ているのは違和感があった。
だが、ホテルマンは勝手に納得してくれたようだった。
「ああ。なるほど、最近物騒ですから、女性であることを隠すためですね」
「ええ、そう、そうなの!
……って、物騒って何? 」
「知らないのですか?
あまり大きな口で言えないのですが、教会の過激な宣伝に乗せられた若者が獣人狩りと称して、女性を襲う事件が多発しているのですよ。
最近は税金も重くて、徴兵とか治安の悪化も酷くて、やってられませんよ。
政府は獣人だ、獣人だ、言いますけどね。正直、税金や徴兵、明日の暮らしのことでいっぱいです」
「大丈夫、そんな世の中はすぐに終わるから!」
「?」
ホテルマンは首を傾げて、去っていく彼女の後姿を見送った。
◇
「ケルビン、どこ行くの?」
ケルビンは人気のない通りをスタスタと進んでいく。
彼がいくつかの路地を入り込み、花壇の通りに入ったところでアンは彼を見失った。
アンは目を閉じて、尻尾を振る。
こうすることで、彼女の天性の空間把握能力が――。
「後ろ!?」
「アン!?」
アンも驚いたが、ケルビンも驚いていた。
彼は振り下ろそうとしていた手刀を慌てて、降ろした。
「私の後ろを取るなんて、流石だね……」
「追っ手かと思ったぞ、何をしているんだ?」
「ケルビンこそ、一人でこっそり抜け出して何をしていたの?」
ケルビンはしばらく口ごもった後、ため息をついた。
「ついてきてくれ。
あと、尻尾が合羽からはみ出てるぞ」
二人のついた先には、消えかかっている街頭に照らされた小さな広場に大きな岩があった。
「何これ?」
「これはな、無名兵士の墓というものだ。
身元の分からなかったり、親族が居なかったり、お金の理由で弔うことのできない殉職者を弔うためのものだ。
前に話した、俺の友人たちがそうだ」
「でも、苔だらけ……」
「そうだ。
数年前から教会内部の過激派が権力を握り、方針を変えた。
今の教会は名家や御曹司たちに媚びを売る拝金主義の集団に成り代わってしまった。
誰も、名もなき前線の兵については弔わなくなった」
ケルビンは腰をかがめて、指で苔を落としながら呟いた。
「連邦政府や教会のプロパガンダによって、俺は連邦兵士の倒すべき敵となっているが……勘違いしないでくれよ、皆のことを忘れたわけじゃないんだ」
もちろん、第一優先は獣人だけど、とケルビンはそう言いながら、立ち上がった。
その腕をアンが引っ張った。
「ん? おい、何処に引っ張っていくつもりなんだ?」
「気分転換!
それに、宿を抜けて夜の街にふたりで抜け出すって、定番なんでしょ?
人間の本で読んだんだから! 」




