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次の日、雨が降った。
足音を消すような大雨だった。
そんな日でも、獣人達の突撃はやまず、連邦の守備兵たちは屋根のついた櫓から遠くの獣人に銃を向ける。
「クソ、また外した!」
「別当てなくてもいいだろう。この距離ならどうせあっちの弾も当たらない。
……どうせ、命をかけるだけの金はもらってないからな」
「獣人達と勇敢に戦ったと言えば、故郷の女にモテるしな」
兵士たちは、雑談を交わしながら、適当に銃を撃つ。
最初こそは獣人の襲来に緊張していた彼らだが、疎らな攻撃を受けて、気が緩み切っていた。
話の最中にもあったが、連邦は大増税を決めたが、前線の兵の給料には反映されず、彼らの士気を下げる大きな要因にもなっていた。
様々な要因で、指揮と集中力の欠いていた兵士達の隙をついて、ケルビンら特務隊は連邦の側面に回り込み、連邦内に潜入した。
しかし、彼本人はともかく、引き連れた獣人は耳や尻尾で、連邦の獣人達にすぐに見つかりそうだったが……連邦には雨が降っていた。
連邦のあるホテルに、6人ほどの集団が現れた。
1人の男と、5人の若い女だった。
「ご宿泊でしょうか?」
「いやぁ、酷い雨に降られてね」
その集団は皆、雨合羽をしていて、顔から上は見えなかったが、誰もが美少女だった。
ホテルマンは男の雨合羽の袖から、高そうな懐中時計がはみ出ているのを見て、女を引き連れての放浪旅好きな富豪だと思いこみ、次はこんな人生を送りたいと内心ため息をついた。
「6名様、一部屋でよろしいでしょうか?
幸い、スイートルームが空いておりますが」
「それで頼むよ」
「ええ、畏まりました。
それと……お客様。申し上げにくいのですが、雨合羽を脱いでいただけませんでしょうか?
フロアに雨粒が滴りますと、滑りやすくなり、危険ですので」
ホテルマンが至極まっとうなことを言うと、男は少し考えこんだ。
そのあと、馴れ馴れしい口調でこう言った。
「いやぁ、それなんだけど、どうか許してくれないかい?」
「は?いや、しかし……何故でしょう?」
「決まっているだろう!
ぼ、僕のかわいいパートナーたちの顔は、誰にも見られたくないんだ!
わかるだろう!?」
「え、あの……」
「ああ。もちろん、迷惑料は払うさ。
清掃するスタッフにこれを」
男はホテルマンに紙幣を握らせると、一転して、彼は営業スマイルを浮かべた。
「お客様のご要望にお応えするのが、我々の喜びです。
お部屋は最上階になります、どうぞおくつろぎください」
◇
「やれやれ、なんとかなったな」
男とその女たち、もとい、ケルビンと獣人達がホテルの部屋はついた。
獣人達が雨合羽を脱ぐと、ぴょんと耳がはねた。
彼女らを前にして、ケルビンは不自然に早口で告げた。
「よし、これで監視拠点を確保した。
上層のここなら、連邦教会が見下ろせるし、そこに出入りする幹部らも把握できる。
情報は多ければ、多いほど、作戦を有利に進めることが――」
しかし、ケルビンの口はアンの尻尾によってからめとられ、ふさがれた、
「かわいいって、パートナーって。
ケルビン」
「もは、もはは(隠密作戦上の致し方ないカバーストーリーだ)」
「そんなこと言っちゃって!
なんて言ってるかわからないけど」
ケルビンとて、あんな恥ずかしいことは言いたくなかった。
だが、どう考えても、あれを乗り切るには、少し頭の可笑しい富裕層を気取るしかなかったのだ。
獣人達の反応は様々だった。
アンはニヤニヤとしながら、尻尾をまとわりつかせてくる。
ユキノは他所でやれと赤面しつつ、そっぽをむき、耳をピンと立てている。
アンと一緒にケルビンをからかうものや、こういう雰囲気に慣れておらず、右往左往するもの、マイペースにホテルから見える夜景を眺めるもの。
それを見て、ケルビンは間違ったことは言っていない、かわいらしいのは事実だし、志を共にするパートナーだと思った。
「外には出れないが、野営よりはよっぽど贅沢だ。
宅配ピザでもとるか」
「わーい! ピザが何かを知らないけど!」




