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「もらった!」
照準の真ん中に敵戦車を捉えて、カーベーが砲弾を放った。
だが、その直前に、バゴンと鈍い音が響いた。
「何!?」
カーべーの覗く照準からは、花が開いたように、砲身が割れているのが見えた。
アンの放った砲弾は、カーベーが発砲する前に彼の戦車の砲身をかち割ったのだ。
「しゅ、主砲、副砲ともに発射不能!」
「くっ……! 全速後退! 早くしろ!」
カーベーはヒステリックに叫ぶ。
しかし、直後、戦車は何かに乗り上げ、止まってしまう。
「何事だ!?」
「わかりません!」
視界が悪い戦車の中からは、足元の様子が見えず、状況がわからなかった。
彼らは突撃前に、自らが撃った味方の死体に乗り上げてしまったのだ。
前にも、後ろにも動けなくなってしまった戦車の中では、静寂が広がった。
その時、カーベーらの頭上からコンコンという音がした。
「何の音……足音!?」
「じゅ、獣人が上に登ったんだ!」
その足音は規則正しく鳴り響く。
そして、カーべーの真上、砲手のハッチのところで止まった。
「鋳造装甲のハッチだ……!容易く開けられるはずがない!
神の護りもあるのだぞ!」
だが、カーベーの震えた声とは裏腹に、キンという鋭い音と共に刀の刃が入り込んできた。
「毛玉め、こんなはず……!
こんなのありえてたまるかっ!
開けるな、獣人!
神よ、勇ましき我らに武運を、邪悪なる獣人に死を! 神罰を!」
上から差し込まれた刃は、缶切りを使って缶を開けるかのようにハッチにそって、ぐるりと刃を滑らせる。
「神、神よ!敬虔な私めをお救いください!」
刃が円を描き切り、ハッチが車内にボトンと落ちる。
暗い車内に入り込んだ太陽の光と、獣の耳が見えた時、カーベーは腰を抜かして、失禁した。
「神よ!」
カーベーに差し向けられたのは救いの手ではなく、獣人達からの最期の手向けだった。
◇
アンとケルビンの操縦する戦車は、カーベーの戦車との史上初の戦車戦を制した。
そして、ユキノの投擲した火炎瓶によって、カーベーを処刑の雄牛の如く丸焼きにしたことで、この戦闘は終わった。
連隊の損失は、数名の獣人の死と無人の廃墟が破壊されたこと。
一方、連邦の損失は、最新鋭の戦車10両、歩兵と戦車兵合わせて100名近い損失、数名の捕虜。
どちらの勝利であるかは、明白であった。
しかし、獣人側に死人が出たのは事実だった。
獣人たちは第4地区もとい、合衆国ウェストランドにて、仲間たちの死を悼んだ。
暫しの別れ、友よ、また会おう。
優しく揺れる焚火を囲んで、獣人たちは静かに涙を流し、そんな歌を歌う。
獣人達だけではなく、大勢の人間たちも、戦死した獣人達に花を供えた。
第二地区の悲劇――それは連邦に対する怒りを増大させ、危機感をもった開拓民の人々は、勇敢に戦った獣人達を尊敬し、共存を望むようになっていく。
ケルビンたちは、人々から必要とされ始めてきたのだ。
ケルビンとアン、ユキノの三人は焚火を遠めに見ながら、今後のことを語っていた。
「あまりに大きな犠牲だったが……その犠牲を無駄にはしなかった。
私たちは連邦に再び打ち勝った」
「だが、連邦はそうは思わない。
彼らはこれを大規模な勝利として、指揮官たちを英霊として祭りたて、その英雄譚を信じた青年たちを戦場に言葉巧みに連れ出すだろう。
彼らに敗北を見せないといけない。
報復だ」




