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アンとユキノは、それぞれ与えられた任務を実行していた。
アンはあのゴーストタウンこと、第3地区へと急行していた。
彼女に与えられた任務は市街中心までの、一個中隊ほどが行軍できる道を切り開くことだ。
そこまでのブービートラップを解除する。
彼女はゴーストタウンの郊外に立つと、猫のように四足歩行となり、地面の匂いをクンクンと嗅いだ。
優れた空間把握能力だけでなく、遺伝子に刻まれた猫の部分の能力を使うことで、彼女の危機察知能力は最大限のものとなる。
「そこっ!」
彼女はトラップの位置を露見すると、猫のように飛び掛かり、素早くサバイバルナイフで無力化していく。
「戦車か……よくわからないけど」
一方、ユキノには別の任務を与えられた。
彼女は全力疾走で、残雪が残る大地を駆け抜けると、とある地点へとたどり着いた。
そこには朽ちた小屋とぼろぼろの立て看板がぽつんと置いてあった。
それぞれ『第4地区』『第3地区』と書いてある案内看板だ。
彼女は周囲を確認すると、持ってきた簡単な工具を使って案内板の位置を逆にすり替えた。
「こんなものがうまく機能するのだろうか?」
その時、彼女の長い耳がぴくりと揺れた。
素早く身をひるがえすと、かなり遠方の方に戦車の列を見つけた。
装甲を身にまとった亀のような、鈍重な戦車。仲間たちを打倒した憎い敵。
彼女は刀に手を伸ばした。
命を懸ければ、自分一人で殲滅できるのではないか?
だが、彼女は寸前で首を横に振り、こつんと自分の頭を叩いた。
「人に熱くなるなと言って何事だ、この愚か者!」
そして、彼女は与えられた指示通りに、ケルビンらの元へと戻った。
◇
カーベーらの戦車隊は、一列になって移動していた。
先鋒を務めるのは一型戦車という、小回りの利く戦車だ。
カーベーの乗る巨大な二型戦車は車列の最後方を行く。
一番、先方の戦車が分かれ道にたどり着いた。
車長は地図と睨めっこする。
「なんだこれは?
集落があるはずなのに、小屋があるだけじゃないか」
その集落は連邦が戦争で木っ端微塵に破壊し、既に雪の中に埋もれた。
開拓が進んでから更新すればいいと、地図の更新は行われておらず、かなり古い地図だった。
だが、彼は看板を見つけ、安堵した。
「燃料は十二分……もし違うところに出たら、引き返すだけだ。
よし、此処を右だ」
かくして、戦車隊は誤った方向に進んだ。
◇
アンらが戻ってくる頃には、ケルビンは部隊を集めて、作戦を説明していた。
俊敏性と機動性に優れた獣人たち、約100名程度。
彼女たちは規則正しく整列し、ケルビンの話に傾注していた。
「今、選ばれた者たちは、本作戦に適任だと思われる俊足の先鋭たちだ。
だが、既に死傷者が出ているように……これまでの作戦の中でも危険度が高い。
もしも、悔いがあるのであれば、一歩引いてくれ」
「……」
だが、誰もそれぞれの武器を持ったまま、微動だにしなかった。
「ありがとう。
本作戦は『蜃気楼作戦』と名付け、作戦エリアである第三地区を『ゴーストタウン』と呼称する。
今から10分後にゴーストタウンへの移動を開始する。
以上だ。
解散」
既に作戦を頭に叩き込んだ兵士たちはちゃくちゃくと準備を進める。
「ケルビン!」「指揮官」
「二人とも、上手くやってくれたか?」
二人は頷いた。
だが、そのあと、アンが自信なさげな声でケルビンに尋ねた。
「ねぇ、ケルビン。
よくわからないけど、戦車ってやつ?
凄く強いんでしょ?
もしさ、それがあったら、私たち要らなくなっちゃう?」
ケルビンの目的は獣人の国の建国だが、同時に連邦の妥当も大きな目的だ。戦車という強力な兵器を手に入れられれば、獣人の優先度は低くなるのではないか、と彼女は考えていた。
ユキノは彼女のその言葉に呆れて、何か言おうとしたが、ケルビンはそれを遮り、アンの肩に手を置いた。
「アン、二つ間違っているぞ」
「二つ?」
「一つは君たちは獣人で、あっちは兵器。
いかなる動物も要らないものなんていない。
もう一つ、要らないのは連邦という国家だ」
そう宣言すると、ケルビンは歩き出した。
横から見える彼の目は、強い感情がにじみ出ていた。
アンは呼吸も忘れ、暫く、それに見惚れた後、彼の後に続いた。
ユキノが後に続き、その後ろから準備を終えた兵たちが続く。
連隊は決戦地へ赴いた。




