03
ケルビンは始末を終えると、面倒な仕事をやり終えたように深呼吸した。
彼の手は小刻みに震えていた。
「我ながら小心者だな」
「人間世界では臆病者ほど指揮官に向いていると言うのだろう?」
「それは軍人ではなく、小説家の言葉だよ。
真面目なのはここで小休止にしようか」
ケルビンが指揮所を出た先は、アンとユキノだけではなく、大勢の獣人たちがそろっていた。
9割に迫るほど、女性比率が高い、中には子供もいる。
これはケルビンの趣味ではなく、単に連邦が獣人の男を使いつぶしたのだ。
連邦は獣人に払う倫理観などなく、男がいなければ、女を、子供を使えばいいじゃないという思想だった。
獣人はもはや絶滅の危機に瀕していた。
適当な切り株の上に立ち、ケルビンは彼らを前に演説を始めた。
「皆にもう俺についてこなくても良いと言ったのにも関わらず、連隊ほぼ全員が残ってくれたことに深く感謝したい。
連邦による獣人、そして、俺のような小さな人間に対する悪意のある扱いは、何の生産性もなく、非効率だと思っている。
獣人と人間が共存することで――」
「たいちょう。なにいってるのー? わかんないー」
ケルビンの演説を遮ったのは、肌までヒョウの柄にした小さな女の子だった。
小柄な体に似合わないほどの、巨大な大鎌を手にしてつまらなそうにしていた。
彼女のような子供の獣人は集中力をなくし、友達と遊びだしたり、立ったまま居眠りをしていた。
「バーバラ、いい子だから、もうちょっと待ってくれ、今大事なところだから。
こら、そこ寝るな。
誰も聞いてない、まいったな」
「指揮官よ。これを使うと良い」
ケルビンの傍らに立つユキノが、冊子の束を手渡した。
「これは?」
「こんなこともあろうかと、先に用意しておいたのだ。
【領地確保進軍計画幼児向け改Ⅱ】だ。
できる女は前準備を怠らない」
「おお、助かる」
誇らしげにない胸を張るユキノだったが、ケルビンはその冊子を開き、表情を硬くした。
内容はともかく挿絵が……なんというか、ユキノは絵は味があり、画伯だった。
ケルビンがそれを子供たちに投げ渡すと、子供たちはきゃっきゃっと喜んだ。
「ふふん」
「なにこれ、きもくて、おもしろいー!」
「き、きも……?」
容赦のない子供たちの刃に圧倒され、固まるユキノを横目に見ながらケルビンは口調を改めた。
「難しいことはしないし、むごたらしいこともしないよ。
例えば、お金がなくちゃ、ものを買えないだろう?
それと同じように、今まで俺たちがやってきた分のことの見返りを払ってもらうだけなんだ。
軍隊の固い缶詰じゃなくて、ステーキとコーンスープを食べる。
隙間風が吹くテントじゃなくて、その斧を人じゃなくて木に振りかざして、ログハウスを建ててそこに住む。
そう、簡単な話が、俺たちの国を作ろうじゃないかって話なんだ」
「なにそれ! すごく楽しそう!」
純粋無邪気な子供たちは、わかりやすい説明を聞くと、目をキラキラと輝かせた。
大人たちも俺たちの国という感慨深げに頷いた。
「だが、そのためには準備が必要なんだ。
頼めるな」
「やるやる!」
「では、工作部隊指揮の元、ビーバー作戦を実行する。
総員、作戦開始。駆け足!」
ケルビンが軍隊式の命令を出すと、彼らは規律のとれた動きで準備を始めた。
そして、側近の二人へと目を落とした。
「前に言った通り、これは二面作戦だ」
「二面っていうけど、ねぇ……」
「やってみなくては、わからぬ。そういうことだろう」
アンのため息と、ユキノの期待の願望を受けながら、ケルビンは歩き出した。
◇
前線基地、それは文字通り、最前線にある。
では、その後ろはどうなっているかというと、ケルビンら第3連隊が制圧し、そこの住民と町が連邦によって統治されている地域だ。
ウェストランド第5地区、連邦によってつけられた名前は情緒も、風情もなかった。
そこの若き指揮官”マックス”は、指揮所の中で神経質に腕時計を眺めていた。
「大佐方、遅いな。もうそろそろお戻りになられるはずなのに。
おい、予定の時間が過ぎたとしても、出迎えの兵は来るまで待たせておけよ」
その時、指揮所の扉があわただしく開け放たれた。
「ほ、報告です!」
「大佐が来られたのか?」
「い、いえ……第3連隊指揮官殿が」
「何?」
マックスは扉の先に現れたケルビンに目を細め、さらに現れた二人の獣人に目元に皺を寄せ、不快感を隠さなかった。
「連絡もなく訪問とは、何の真似だ?
大佐はどうした!? 」
「彼は来ない、戦死された」
「なんだと!? どういうことか説明しろ!」
マックスが驚愕と憤怒に目を見開く中、ケルビンはいたって冷静にその目を見返した。
「説明するとも。
我々の要求を含めてね」