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 ウエストランド第4地区の駐留政策の序章はうまく行っている。


 連隊は住民に保護を行い、住民らは彼らに衣食住を提供する。

 また、今後、数年かけて、獣人と人間の共生を進めていき、共同公共事業等を行い、真の意味での開拓を成し遂げるという簡単な目標も掲げられた。


 先に駐留していた第5地区から人員を半数ほど移動し、連邦の襲撃に備えた。

 目下の目標は、第5と第4地区の連絡路を建設することだ。


 これまで通り、油断できない状況だが、獣人達の間にはひと時の平穏を楽しむ余裕ができていた。


 地区の代表との話し合いの為、ケルビンが街を歩いていると、連隊の面々を見つけた。


 バニーキャップを頭にのっけた自称淑女の狙撃部隊は、今まで書物でしか見たことがなかった念願の紅茶を飲んでいた。


「くっそ、うめぇですわ!」


「これです! 想像通り、想像以上ですわ!」


 大はしゃぎする獣人の娘たちを、初老の喫茶店の店主は微笑ましく眺めている。

 前の憂国防衛隊の連中は、こうした店を古臭いと嘲り、落書きや嫌がらせを行い、店を閉めざるを得なかったのだ。

 後に壁の落書きは、紅茶の味に感動した獣人達によって消された。


 別の獣人たちが居た。

 鉄帽を被った突撃部隊の少女たちだ。

 いつも勝気な声をあげ、くだらない喧嘩が絶えない少女たちだが、今は一つのベンチに座り、食い入るように一冊の本を読んでいる。


「……」


 表紙を見るに、それはどうやら恋愛小説のようだ。


 軍からの物資に紅茶や小説などの娯楽物が入っていることはほとんどない。

 特に獣人連隊はなおさらだ。

 彼女たちは、初めて触れる文化を満喫していた。


 ケルビンが歩みを進めていると、突然、声をかけられた。


「あ、あの!」


「ん? ああ、君はあの時。

 怪我はもう大丈夫なのか?」


 それはオニール兄弟によって、人質にされていた少女だった。

 彼女は顔を赤面させながら、花束を渡してきた。


「こ、こ、これ、あの時のお礼です!」


「おお、ありがとう……二つ?」


「もう一つは、私を運んでくれた猫のお姉さんに……。

 こ、これで私は失礼します!」


「ありがとう、彼女もきっと喜ぶよ」


 ケルビンは両手に花束を抱えて、逃げるように去っていく少女の背中にそう言った。


「我らの自由の為に、共存を!」

獣人達に敬意を(フォルツァ・ビースト)!」


 マンションのバルコニーから、住人たちがケルビンに向け、声と拳を上げる。

 多くの住民たちは、獣人たちの駐留に賛成に傾いていた。


「まさか、ここまでとはな」


 ケルビンは流石に気恥ずかしさを感じながらも、手を上げてその声に答えた。


【身を挺した少女を救った勇敢な男】【歴史書とは違う親切な獣人達】、ケルビンの演出はそういった価値観を生み出すことに成功した。


「ケルビン代表、こちらです。

 ほぉ、両手に花ですな」


「……これはお恥ずかしい」


 待ち合わせ場所の公園に第四地区の地区長が待っていた。

 『代表』というのは市民相手に指揮官では威圧さがあると考えたケルビンが提案した呼び方だ。


 彼らはベンチに座ると、意見交換を始めた。


「住民の90%があなた方の駐留に賛成しています。

 あなた方は紳士・淑女的だと」


 二人の視線の先では、獣人の少女バーバラが地元の職人たちとまぎれて、落書きを消す作業をしていた。


「一つお願いしたいことがあります、地区長。

 彼女のような獣人達に、ここの仕事を手伝わせてやってほしい」


「むしろ、人手不足が酷い私たちにとっては、願ってもないことですが……。


 よろしいのですか?」


「我々の兵士は非常に若い。

 それでもあの(バーバラ)のような子たちは戦場には若すぎる。

 連邦のエゴによって、戦場でしか生きる術を知らない彼女たちに生き方を教えてやってほしいのです。


 それは自分にはできない」


「代表、あなたという人は……。

 わかりました、共生の第一歩ですな」


 地区長は頷いた後、やや言いづらそうな表情で言った。


「ですが、一つ、お聞きしないといけないことがあります」


「なんでしょう?」


「あなた方が最終的に建国を目指しているということですなのですが……住民たちからは質問が相次いでいます。

 名前は何になるのかと」



「あ」


 ケルビンは考えていなかったとは言えなかった。


 

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