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ケルビンは手榴弾の耳をつんざくような破裂音と風圧を背中で受けた。
だが、それだけだった。
ケルビンは少女の肩に手を置いて、落ち着いた声で尋ねた。
「もう大丈夫だ、怪我は?」
「あ、ありがとうございます。
あの人たちは?」
「見ない方が良い」
ケルビンは後ろを覗き込もうとした少女の目を覆った。
後ろではオニール兄弟らが爆散していたからだ。
「ほ、本当にありがとうございます!
あの人たち、とても乱暴で! 私の友達も売り飛ばされてしまったんです!
毎日、怖くて、怖くて……!」
少女はまだ緊張が解けないようで、身体を小刻みに震わせている。
早く、母の元に返してやった方がよさそうだ。
だが、その役目はケルビンではない。
教会の扉が開け放たれると、アンたちが入ってきた。
「どうやら、上手くやったようね!」
「ひっ……!? 」
アンがケルビンの成功を喜ぶのとは対照的に、少女は身をこわばらせ、ケルビンに抱き着いた。
ケルビンは少女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だ、そんな顔をするな。
彼女たちは俺の仲間で、協力してオニールたちを追い出したんだ。
皆、優しくて、親切だ。何も心配することはない」
「ほ、本当に?」
「ああ。
アン、頼みがある。
俺は疲れた。代わりに彼女を母親の元に連れて行ってくれ」
「はーい。
ほら、おいで」
アンが膝をついて、少女に目線を合わせると、少女は震えながらもありがとうと呟き、アンの腕に収まった。
アンは彼女を軽々と抱き上げると、他の獣人と共に母の元へと連れて行った。
教会に残されたのは、ケルビンとユキノの二人になった。
ユキノは適当な教会のベンチに腰掛けた。
「指揮官、座れ。
……何故、床に正座する? 」
「いや、なんとなく……叱られそうだなと思って」
「そんな鬼の所業はせん、隣に座れ」
ユキノは顔を逸らし、自分の隣をポンポンと叩く。
そして、ケルビンが横に座ると、真剣な顔で向き直った。
「指揮官、無理しすぎだ」
「状況的にはあの判断が正しかった筈だ。
君やアンを突入させれば、奴らは簡単に殲滅できた。
だが、娘は犠牲になるかもしれなかった」
「犠牲になるのはお前だったかもしれないのだぞ、ケルビン。
お前の実力は承知している、連邦軍人の中でも選りすぐりだ。
だが、そもそも、人間は脆すぎる」
ユキノは顔を暗くして呟いた、それは先ほどの娘を案ずる母の顔に少し似ていた。
華奢で凛としている彼女だが、彼女の身体は人間よりもはるかに堅牢で、余程急所を捕らえない限りは多少の銃弾では倒れない。
だが、人間を倒すにはたった一発の銃弾で十分だ。
「無垢な娘が救えたのはめでたい。
だが、私はお前や猫娘のように優しくはない。
……命を懸けて守る必要はあったのかと思ってしまうのだ」
ユキノの耳は少し垂れ下がっていた。
決して、人間に救う価値がないと言っているわけではないと、ケルビンにはわかった。
「人を助けるのに理由は要らないと言いたいところだが、これは一つの駐留戦略だ。
指揮官である俺が勇敢な行動を取り、その部下の獣人が彼女を母の手元へと帰してやる、よく見せる為の演出だよ。
どれだけ言葉を重ねても、結局、住民たちにとって連邦も俺たちも侵略者だ。
連邦は力だけで彼らを屈服しようとしたが、それは失敗した。
ただ命令されるだけの生活に、人々はやる気をなくし、開拓も進まず、不満と飢えた土地ばかり広がるのが連邦の現状だ。
連邦は自らを連戦連勝の常勝国家と自称しているが、俺から言わせれば、連戦連敗の孤独な衰退国家だ。
そんな連中と同じことはしない」
少しずつ、ケルビンの言葉に熱が籠る。
「俺は連邦に勝ちたい。
だが、仮にこの連隊だけで勝利しても、それは獣人と人間の戦争の焼き直しで、連邦とやっていることは変わらない。
違うやり方で勝つ。
連邦ではなく俺たちが必要だと皆に言わせ、ぜひ住んでほしいと言われた土地で生活を営む、正しい行いで正しい見返りを得る、それこそが俺の考える勝利だ。
その為なら、いかなるリスクも背負ってやるさ」
ふと、ケルビンが我に返ると、ユキノはその横顔をじっと見つめていた。
なんだか、気恥ずかしくなり、ケルビンは話題を逸らした。
「そもそも、無理しすぎというけど、毎度毎度、切り込み隊長を志願するユキノの方こそ無理しすぎだ」
「むっ、私は森羅万象に後れを取らない」
「身体だけじゃない、心はどうなんだ? 本当は疲れているんじゃないか?」
「私は無我の境地。
指揮官こそ、いつも遅くまで作戦や兵站の計画を練っているではないか」
「そっちこそ」「お前こそ」
なんだかよくわからない言い合いが続いた後、ユキノはケルビンを上目遣いで見つめた。
「わかった。ねぎらいの言葉はもういい。態度で示せ」
ユキノは目を閉じると、狐の耳をぺたんと前に倒した。
ケルビンはその頭に自分の手を置いて、撫でてやった。
今まで何度かあった。
「撫でろ」
ユキノから初めて命じられた時は、戦闘で頭を打ったのかと思ったし、こんな強い武人にそんな真似してよいのかと思い悩んだ。
だが、撫でられている彼女の安らかな顔を見ると、そんなことはどうでもよく思えた。
暫くすると、ユキノは目を開けた。
「指揮官、頭を下げろ。此度の人質救出の重要性よく理解した。
よくやった、撫でてやろう」
「は? いや、それは流石に」
「私からのねぎらいは要らぬと?」
指揮官・成人男性としての威厳はないが、ユキノが納得できなさそうなので、しぶしぶケルビンは頭を下げた。
だが、彼女の柔らかな手で撫でられると、安らかな気分になってきた。
そういえば、親に撫でられたことなんてあっただろうか、これが温もりというものなのか……。
「ケルビン、ユキノ、皆に褒められた!」
突然、教会の扉が開き、アンが現れた。
ケルビンとユキノはその状態で固まってしまった。
「これは一体……何しているの?」
「……。
これは近接格闘戦の教練だ」




