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ケルビンは教会にたどり着いた。
ギャングサインというのだろうか、聖なる教会の白い壁には、奇抜な色をした落書きがあちらこちらに描かれていた。
ケルビンはその両開きの扉に手をかけた。
「そこで止まれ! 武器は!?」
「持ってない。丸腰だ!」
「はは、カモがネギしょってきやがった」
「けけけ、大金持ち確定だな、兄貴!」
「……た、助けてください!」
不愉快な笑い声を上げる金髪の男とスキンヘッドの男がオニール兄弟だろう、その傍らに取り巻きが二人。
そして、二人の間で脚と腕を拘束されている少女がいる。
後ろにも一人、扉を閉めた後、ケルビンの後頭部に銃を向ける。
「言われた通り、一人で来た。
人質を解放しろ」
「やっぱり来ると思ってた。
獣人で反乱起こす奴が、人助けに来るわけがないってみんな言っていたけどよぉ。
俺にはわかった。
ケルビンってやつは正義感を拗らせすぎた童貞野郎だってな」
「人質を解放しろと言っているんだ。
それとも、その娘も売る気か? 」
「こんなガキ売ったところで、一夜で消える金ぐらいにしかならねぇよ。
てめぇを連邦に売る。
そして、一生遊べる金と、英雄の称号を手に入れるのさ」
「無理だ。
既に俺の仲間が包囲している。
降伏すれば、命までは取らない」
「は、こっちは調べがついてるんだよ。
あの獣共、お前にぞっこんらしいじゃねぇか。
本当にきしょくてしょうがないぜ。
だから、お前を人質にすれば奴らは手出しできない。
奴らが指をくわえてみている間、俺たちはお前をトラックにのっけて、連邦までかっ飛ばすってわけさ」
「……彼女たちにはそうなったら撃てと命じている。そんなものは通用しない」
「そんな脅し、俺たちにだって通用しないぜ。
お前は獣人がいるから、何もかもうまくいくって思っていたんだろ!」
「俺たちはストリートギャング、死を恐れない」
オニール兄弟が豪快に言い放つ。
「こ、後悔するぞ。命はそんな投げ出すようなものじゃない」
「ぎゃははは、兄貴、こいつ化けの皮がはがれやがったぜ!」
「だから言ったんだ。獣人に囲まれて粋がってる童貞野郎だってな。
きっしょい、ほんま、きっしょいわ」
死を恐れないオニール兄弟に圧倒されるケルビン。
そう見えるが、実際のところ、ケルビンは適当に会話を続けているだけだった。
彼の集中力はケルビン兄の立ち回りと、装備品に向けられていた。
取り巻きのものより質の良いアーマーの腰に、手りゅう弾をくくりつけている。
彼の持つ拳銃は、流行りの大口径自動拳銃。派手な竜の彫刻が彫られている。
彫刻のセンスはともかく、銃自体は悪くない。
だが、使い手の所作に問題があった。
オニール兄弟はトリガーに指を添えている。
取り巻きはケルビンを打てるように構えているからいいのだが、オニール兄弟は銃片手に激しい手ぶりで雄弁しながら、ずっとトリガーに指を添えている。
ギャング上がりだからだろう。
ギャングたちが銃を取り出すのは、抗争などで撃つときや威嚇するときに限られる。
だが、軍人となるとそうはいかない。数十キロの行軍で銃を持ちながら歩き続けることもざらだ。
その際、トリガーに手を添えていたら、道中のくぼみや木の根に足が引っ掛かったとき、暴発の危険がある。
発砲時以外トリガーを添えてはいけないというのは、銃を取り扱ううえでの基本だった。
「てめぇはこれで御終いだ。
こいつから目離すなよ、お前、そいつの後ろにたて!
おい、見とけよ!俺が……俺がこいつを捕まえるんだ」
鼻息荒げ、オニール兄が銃を構えたまま、ゆっくりとケルビンに近づいてくる。
後ろに待ち構えていた取り巻きがケルビンの背後から銃を向け、挟み撃ちのようになる。
「俺は英雄だ。こんな土地も、ストリートギャングなんておさらばだぜ」
オニール兄が、ケルビンにあと一歩と迫った時、ケルビンはふと、教会の窓に目を向けた。
思わず、オニールはそちらに気を取られ、ケルビンから目を逸らす。
次の瞬間、ケルビンが腕を伸ばし、オニールの右腕を力強く引っ張った。
「!?」
トリガーには指がかかったままだった。
予期せぬ力がかかったオニールの拳銃は、後ろにいた彼の取り巻きの頭蓋骨を撃ち抜いた。
そして、ケルビンはそのままオニールの腕を上方向へ捻じ曲げると、拳銃を奪い、流れるような動作でもう片方の手で彼の首を締めあげ、肉盾にした。
「うがあああああああああああ!?」
「あ、兄貴!?」
「な、何をしているてめえら! こ、こいつをぉ!」
(息が出来ねぇ!?)
日頃のトレーニングで鍛えた腕力、力学に基づいた体重のかけ方。
もやしだと思い込んでいたケルビンに締め上げられて、オニール兄は気道がふさがれ、上手く呼吸できない、泡を吹きそうだった。
ケルビンは至極冷静に、彼の取り巻きに告げた。
「もう一度言う、人質を解放しろ。じゃなきゃ、こいつの首の骨を折る」
「こ、こいつの言う通りに! 早く!」
死を恐れないとは一体、何だったのか、オニール兄は必死の形相でそういった。
弟たちは慌てて、少女の拘束を解き、ケルビンの元へと解き放った。
「言うとおりにした、はやく、はなせ」
「ああ。離すよ」
ケルビンは彼の首から腕を離すと、彼のアーマーの手榴弾のピンを抜き取った後、彼の仲間の元に蹴って帰してやった。
「ピンが!」
「うわ、うわ、うわああああああああ!」
オニールらがなんとか手榴弾を外そうとするが猶予はもうない、ケルビンは解放された少女を庇うように抱きしめた。
直後、背後で手榴弾がさく裂した。




