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「憂国防衛隊か、良い噂は聞かなかったが」
ケルビンはマイヤー夫妻の刑務所から、持ってきた資料を眺めながらつぶやく。
憂国防衛隊というのは、連邦の国防組織の一つだ。
ただし、軍とは違い、憂国防衛隊は軽犯罪等を犯した囚人たちで編成される更生組織でもある。
戦争を続け、他国の軍人を捕虜にしすぎた結果、刑務所が足りなくなったのだ。
彼らは連邦が制圧した占領地の開拓や防衛に割り当てられるが、やはり、犯罪者集団素行が良い訳がなかった。
資料には、ウェストランド第4地区の憂国防衛隊が、マイヤー夫妻と人身売買をしていた記録が残っていた。
そして、その第四地区は、ケルビンの視界の先にあった。
見るからに荒廃した街の外周には、雑多な小火器を持ち、剣と弓の時代に使っていたような防具を着た連中が待ち構えていた。
廃材等で作ったバリケードで防衛線を作っているようだ。
「ふん、あんなもので私たちを止められると思っているなんてアホね!」
「前に攻めてきた連邦軍も、同じことを言っていたはずだ。
そういう慢心が身を亡ぼすんだ」
二人は、敵から1km以上離れたトラックの中にいた。
トラックは装甲化されていて、特に前席はフロントガラスの上から鋼鉄製の鉄板で閉じることができ、小火器は通らない。
ただし、そのおかげで、走破力は悪く、猛スピードで先陣を切って突撃することはできない。
連邦軍の失敗を生かして、改修したものだった。
「でも、どうして後ろから見てなきゃいけないの? 」
「前から見るのと、後ろから見るのでは戦いは違う。
副指揮官としての勉強だ。
ちっ、撃ってきたな」
カンカンとフロントガラスの鉄板がまばらにノックされる。
憂国防衛隊が発砲してきたのだ。
ただ、1km以上あるため、殆ど命中せず、命中してもこのようにはじき返されるのだが。
ケルビンはトラックの後ろで、じっと、瞼を閉じ、命令を待っているユキノに声をかけた。
「射撃が切れたら、煙幕を焚く。そしたら、突撃してくれ」
「ああ」
彼女は目を閉じたまま、ゆっくりと刀を鞘から抜いた。
そして、敵の弾幕が途切れた。ケルビンとアンは窓からそれぞれ、煙幕を投げる。
「参る」
ユキノが目を開く。
煙幕をかき切って、積雪の平原へと躍り出る。
やや遅れて、彼女に続くように第二陣の20名が、そのあと、第三陣の20名が続いた。
「これは、一列突撃陣形だ。
前の連邦軍は傘型突撃陣形だったが、どう違うかをよく見ておくんだ」
◇
突然、雪をかき分けながら突撃してくるユキノに、憂国防衛隊の面々は面を食らい、慌てて銃を再装填する。
その十数秒の間に、人影だったユキノがはっきりと容姿まで見える距離まで近づいてきて、彼らは心底慌てた。
「早く撃て!」
「突撃しか能のないイノシシが!」
防衛隊はユキノに向けて発砲するが、雷のようにジグザグと跳躍するユキノをとらえきれない。
彼女の全力疾走は、車よりも早い。
「あの化け物にもっと火力を集中するんだよ!」
「わかっている!」
更に、火力を集めようとした敵の数百m先で、ユキノはひときわ大きな跳躍をして見せた。
防衛隊の面々は思わず身を竦めた。
このまま突っ込んでくる――。
だが、ユキノはそのまま、右方向へと消えていった。
「……なんだあいつ、怖気づいて逃げやがった!」
「逃がすか、獣人は高く売れるんだ!」
「おい、前!」
ユキノの疾走により、高く舞い上げられていた雪煙の中から、第2陣が現れた。
「てめぇら、ユキノの姉さんの努力無駄にすんなよ!」
「応! てやぁ!」
勝気な少女たちで構成された第二陣はバリケードをいとも簡単に突破すると、斧やシャベルなどで防衛隊の面々を叩き潰す。
格闘戦で獣人が後れを取ることはない、まさに、カチコミといった具合だった。
「だから、獣人は馬鹿なんだよ!」
だが、突破したのは、防衛線右翼の一部分のところだけ。
左翼の兵たちが彼女らに銃口を向けようとする。
しかし、次の瞬間、彼らの頭は正確に撃ち抜かれる。
「カレンさん、お見事です」
「お褒めに預かり、光栄ですわ。
皆さん、建物に取りつき、第二陣の方々を援護するのです」
第二陣の突撃に合わせ、その後ろの第三陣は放射状に展開する。
冷静でお淑やかな少女たちで構成された部隊で、小銃による援護射撃を行う。
「敵陣は崩れた。
アン、喇叭を」
「りょうかい!」
彼女が奏でる下手なメロディーのラッパと共に、第4陣、総勢50名が突撃を開始した。
今度は、退却していく敵に面からの攻撃を与えるため、傘型隊形で突撃を行う。
「傘型隊形が悪いわけじゃないし、一列陣形が万能なわけでもない。
使い分けが大事なんだ。
……もっとも、ユキノが強すぎてあまりわからなかったかもしれないが」
「ううん、わかってる。
他にも強い獣人たちが居たけど、頭の悪い人間の指揮のせいでみんな死んじゃったんだもん。
皆、ケルビンがすごいって事はわかっている」
「ああ、評価されているようで嬉しいよ。
もっとも、やっぱり人間には評価されないようだけど」
◇
第四地区の中心部、荒廃した街にある教会の鐘塔にて、男たちが前線の様子を双眼鏡で見ていた。
「あいつら、馬鹿だな! どうして、正面から馬鹿正直にやり合うんだか」
「でも、どうすんだ。兄貴。
このままじゃ、直ぐにここまで来ちまう」
「はっ、決まっている。
指揮官とタイマンに持ち込む。
どうせ、獣人の力でイキがっているような奴だ。モヤシ野郎に違いない」




