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バルタニス連邦、連邦指導部議会。
数十人の連邦の権力者たちが見据えるのは、一人の美しい女性だった。
「……此度の件、きわめて難しい判断を迫られてた。
君は世紀の反逆者の血縁者にして、悲劇的な死を遂げた夫妻の血縁者なのだから。
エレナ・マイヤー」
「はい」
エレナ、ケルビンの姉は順調に政府の役人としての出世街道を歩み、重要な官僚のポストを手にしていた。
だが、そんな矢先に起こったのが彼女の弟の反乱だった。
「本来、このような大罪人の血縁者には相応の罪が課せられる。
しかしながら、状況を鑑み、罰則は与えない。
ただし、官僚のポストからは降りてもらう」
「……私はまだ、連邦の力になりたかったのに」
エレナは静かに涙を流した。
それを見た閣僚たちの間には同情の声が上がる。
「ふむぅ、やはりあまりにも酷なのでは?」
「しかし、安全保障の観点からいえば、妥当な判断かと」
「全て軍の無能の責任だろう? 哀れだと思わんのか?」
一見すると、権力者たちにも人の心ありと見えるが、これはエレナが美しく、儚いからだ。
例えば、姉弟が逆の立場だったのなら、ケルビンは普通に罪に問われていただろう。
そして、これはエレナの策略でもあった。
彼女はしくしくと泣きながらも、虎視眈々と状況を分析していた。
親の訃報を聞いたとき、確かに彼女は悲しみ、弟を憎んだ。
と、同時にチャンスだと考えた。
官僚として一定の成功を収めた彼女だが、彼女も親と同じく、さらなる上の世界に憧れていた。
だが、どれだけ彼女が優秀でも、容姿端麗でも破れない壁があった。
このピンチは、この壁を破るためのチャンスだと考えた。
「……仕方ありませんな。
エレナ女史、今回の件は見送りとする。
職務に戻りなさい」
「エレナ君、今度私の部屋に来なさい。
今後のことを話し合おうではないか」
「はい……! ありがとうございます!」
エレナは感極まったようにそう言うが、内心、舌打ちをしていた。
(違う、これじゃない。
何が悲しくて、年寄りのお気に入りにならなければいけないの?)
◇
一応、首はつながり、連邦指導部の閣僚とのつながりもできたが、エレナの望みではなかった。
エレナは金とか地位だけではなく、歴史書に乗るような、凡人ではたどり着けない領域を目指していた。
ある意味、姉弟は似た者同士だった。
連邦指導部議会の高層の窓に佇み、考えを巡らせていると、廊下の方から言い合う声がした。
「……何が状況を見るだ?
獣人共が美しい我が国の大地を踏み荒らしているというのを見過ごせというのか? 」
「しかし、ガブリエル様。
周辺国はこの隙に奪われた土地を奪取しようと、国境沿いに軍を集結させる動きを見せています。
軍を割けぬのです」
「臆病な考え方だ。
奪われた土地?
我ら連邦の偉大な先祖のお陰で、人類は獣人に勝利したのだ。
この惑星の土地の所有権は連邦にあるといっても過言ではない!
自覚を持て、我らは世界一の優等人種だと!」
声が近づき、慌てて、エレナがさも気づかずに窓を見ているふりをしていると、その声の主たちが現れた。
凡庸な軍人たちに囲まれていたのは、軍の制服を皺なく着こなす端正な青年だった。
青年とエレナの目がある。
すると、彼は打って変わった様子で部下たちにこう告げた。
「お前達、今日はご苦労だった。
帰っていいぞ」
「は? しょ、承知しました」
人払いを済ませると、青年はエレナの隣へとやってきた。
エレナは慌てて、目元をふき取る演技をした後、青年に頭を下げた。
「も、申し訳ありません。
少し考え事をしていたので、ご挨拶が遅れました」
「いや、良いんだ。
騒がしくしてすまなかった。
私はガブリエル・アロンソと言う」
ガブリエルは軍人らしからぬ、静かな笑みを浮かべた。
この青年はただの軍人ではなかった。
彼の祖父は獣人と猛々しく戦い、連邦を勝利に導いた偉人であった。
英雄の孫とだけあり、連邦指導部でさえ、彼を丁重に扱っている。
彼はエレナが求めていた特別だった。




