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囚われていた獣人達を、救出してきたケルビンたちを見て、ウェストランド第5地区の獣人たちは歓声と感嘆の声を上げた。
獣人連隊の皆は勇敢な二人の戦士と、その指揮官をたたえた。
ケルビンは浮つかず連邦の報復に備えて警備を強化すること。ローテーション外のものは酒を飲んで祝ってもいいと述べると、直ぐに自宅のログハウスに戻った。
きっと大作戦を終えて疲れているのだろうと、殆どの獣人たちはあまり気にしなかった。
アンだけは違っていた。
去っていく彼の背中をじっと見ていた。
だが、その表情は少しミスマッチだった。
アンの表情は何処かワクワクしており、尻尾は何かを待ちきれなさそうに左右に振れていた。
深夜二時、ケルビンはベッドの上で眠れぬ夜を過ごしていた。
「どうするべきだったんだ?」
ケルビンは自問自答を繰り返す。
今や大きく数を減らしてしまった獣人たちが、人間に勝利し、今度は人間を屈服させるというのは難しい話だ。
だからこそ、人間に獣人の力と清廉さを見せ、人々に共存を認めてもらう必要があった。
だが、その指導者が親殺しとなれば、清廉さのへったくれもない。
「……しかし」
じゃあ、もうこんなことはしては駄目だぞ、と優しく手を差し伸べ、親を赦すべきだったのか?
いや、獣人たちは納得しないだろう、それに、死んでいった獣人達の魂が浮かばれない。
だから、必死に赦すことのできる理由を探していたのに、始末する理由しか見当たらなかった。
最後は全神経が逆立ち、『殺せ』とケルビンに訴えていた。
その時、寝室のドアノブが音もたてずに回った。
(敵襲!? 哨戒部隊に気づかれなかったのか!?)
ケルビンは咄嗟に跳ね起き、ベッドサイドのコンバットナイフを手に持った。
だが、カーテンから差し込む月光に照らされた人影を見て、それを慌てて降ろす。
「アン? こんな遅くにどうしたんだ?」
薄い布のパジャマを着たアンがそこに立っていた。
ベッドから立ち上がり、明かりをつけようと立ち上がるケルビンだったが、アンはそれを尻尾で抱きかかえると、彼を優しくベッドへと戻した。
「な、なんだ?」
そして、そのまま、アンは自身もベッドへと乗り込んだ。
アンはケルビンを押し倒すような形で、彼の顔を覗き込んだ。
その顔は紅潮しており、目を細めて、舌なめずりをしていた。
酷く興奮している、だが、それは明らかに戦闘時の表情とは違った。
「ねぇ、ケルビン。いつもみたいに考え込んで、疲れているんでしょ?」
「い、いや。そんなことはない。大丈夫だ」
だが、至近距離からアンに見つめられると、それから目をそらすことができなかった。
思い出の中にある両親から向けられる目とは大違いだった。
彼らはいつもケルビンの中の能力、価値などを値踏み、不満の目で見ていた。
一方、アンの目は純粋にケルビンだけを見ていた。
「俺はどうすればよかった?
どっちに転んでも、正解なんてなかったじゃないか?」
ケルビンが嘲笑しながら嘆くと、アンは右手を振りかざした。
きっと、情けない上官に平手打ちを食らわす気だろうと、ケルビンは自嘲し、その時を待った。
だが、その手はそっと、ケルビンの頬に添えられた。
愛おしそうになでる手つき、そして、間近にある彼女の顔を見て、ケルビンの理性が飛びそうになる。
「アン、駄目だ。落ち着くんだ。
今の君は発情期と言って、冷静じゃないんだ。
そういうことをするのは、本当に心に決めた相手じゃないとだめだ」
こういったことは、今まで何度かあった。
しかし、その度にケルビンはアンをなんとか、落ち着かせてきた。
それからしばらく、無かったのだが……だが、今日のアンは様子が違った。
「私、嬉しかったの」
「何が?」
「ケルビンの家族が消えてくれて」
「は……!?」
ケルビンは予想外の答えに絶句するが、アンは真剣だった。
アンは本心からケルビンに好意を抱いていた。
だが、ケルビンはのらりくらりとそれを躱し続けた。
時々、ケルビンの口から洩れる家族に対する感情が漏れていた。
孤児の獣人であるアンはそれを何とか理解しようとし、こういう結論に至った。
ケルビンは家族にトラウマを抱えているが、同時に恋しがっている。
だから、今の家族は消さなければいけない。
そして、新たな家族が必要だ。
「だから、私と家族になろうよ!」
条件は整ったアンは屈託のない笑顔でそう言う。
ケルビンとて、彼女を拒みたいわけではない。
むしろ、彼女は少女らしいかわいさと、無邪気で屈託のない性格で、何より、背中合わせで戦ってきた大事な存在だ。
だが、手を出せば、親や悪意のある者たちから掛けられた『獣人達に手を出した愚か者』という烙印を押されてしまう。
ケルビンの脳裏の中で、彼らがほら見たことかと嘲笑する。
その妄想を首を振って、振り払おうとする。
「駄目なんだ。アン。誰が見ても、俺は冷静沈着でなければ」
「ううん、ケルビンは冷静なんかじゃないよ」
「そんなはずは……!」
「ケルビンが私たちの為に、動いてくれる時の目は鷹みたいだった。
どんな獣人よりも感情的で、格好良かった。
ねぇ、私の前では感情的になってよ」
ケルビンの中で何かが弾けた。
彼はアンとの位置をひっくり返すように、彼女を押し倒した。
「じゃあ、受け止めてくれよ」
アンは吐息を吐きながら、幸せそうに頷いた。




