表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/84

21

 囚われていた獣人達を、救出してきたケルビンたちを見て、ウェストランド第5地区の獣人たちは歓声と感嘆の声を上げた。

 獣人連隊の皆は勇敢な二人の戦士と、その指揮官をたたえた。

 ケルビンは浮つかず連邦の報復に備えて警備を強化すること。ローテーション外のものは酒を飲んで祝ってもいいと述べると、直ぐに自宅のログハウスに戻った。


 きっと大作戦を終えて疲れているのだろうと、殆どの獣人たちはあまり気にしなかった。

 アンだけは違っていた。

 去っていく彼の背中をじっと見ていた。



 だが、その表情は少しミスマッチだった。

 アンの表情は何処かワクワクしており、尻尾は何かを待ちきれなさそうに左右に振れていた。


 深夜二時、ケルビンはベッドの上で眠れぬ夜を過ごしていた。


「どうするべきだったんだ?」


 ケルビンは自問自答を繰り返す。

 今や大きく数を減らしてしまった獣人たちが、人間に勝利し、今度は人間を屈服させるというのは難しい話だ。

 だからこそ、人間に獣人の力と清廉さを見せ、人々に共存を認めてもらう必要があった。


 だが、その指導者が親殺しとなれば、清廉さのへったくれもない。


「……しかし」


 じゃあ、もうこんなことはしては駄目だぞ、と優しく手を差し伸べ、親を赦すべきだったのか?


 いや、獣人たちは納得しないだろう、それに、死んでいった獣人達の魂が浮かばれない。

 だから、必死に赦すことのできる理由を探していたのに、始末する理由しか見当たらなかった。


 最後は全神経が逆立ち、『殺せ』とケルビンに訴えていた。




 その時、寝室のドアノブが音もたてずに回った。


(敵襲!? 哨戒部隊に気づかれなかったのか!?)


 ケルビンは咄嗟に跳ね起き、ベッドサイドのコンバットナイフを手に持った。

 だが、カーテンから差し込む月光に照らされた人影を見て、それを慌てて降ろす。


「アン? こんな遅くにどうしたんだ?」


 薄い布のパジャマを着たアンがそこに立っていた。


 ベッドから立ち上がり、明かりをつけようと立ち上がるケルビンだったが、アンはそれを尻尾で抱きかかえると、彼を優しくベッドへと戻した。


「な、なんだ?」


 そして、そのまま、アンは自身もベッドへと乗り込んだ。

 アンはケルビンを押し倒すような形で、彼の顔を覗き込んだ。


 その顔は紅潮しており、目を細めて、舌なめずりをしていた。

 酷く興奮している、だが、それは明らかに戦闘時の表情とは違った。


「ねぇ、ケルビン。いつもみたいに考え込んで、疲れているんでしょ?」


「い、いや。そんなことはない。大丈夫だ」


 だが、至近距離からアンに見つめられると、それから目をそらすことができなかった。

 思い出の中にある両親から向けられる目とは大違いだった。

 彼らはいつもケルビンの中の能力、価値などを値踏み、不満の目で見ていた。

 一方、アンの目は純粋にケルビンだけを見ていた。


「俺はどうすればよかった?

 どっちに転んでも、正解なんてなかったじゃないか?」


 ケルビンが嘲笑しながら嘆くと、アンは右手を振りかざした。

 きっと、情けない上官に平手打ちを食らわす気だろうと、ケルビンは自嘲し、その時を待った。



 だが、その手はそっと、ケルビンの頬に添えられた。

 愛おしそうになでる手つき、そして、間近にある彼女の顔を見て、ケルビンの理性が飛びそうになる。


「アン、駄目だ。落ち着くんだ。

 今の君は発情期と言って、冷静じゃないんだ。

 そういうことをするのは、本当に心に決めた相手じゃないとだめだ」


 こういったことは、今まで何度かあった。

 しかし、その度にケルビンはアンをなんとか、落ち着かせてきた。

 それからしばらく、無かったのだが……だが、今日のアンは様子が違った。


「私、嬉しかったの」


「何が?」


「ケルビンの家族が消えてくれて」


「は……!?」


 ケルビンは予想外の答えに絶句するが、アンは真剣だった。

 アンは本心からケルビンに好意を抱いていた。

 だが、ケルビンはのらりくらりとそれを躱し続けた。


 時々、ケルビンの口から洩れる家族に対する感情が漏れていた。

 孤児の獣人であるアンはそれを何とか理解しようとし、こういう結論に至った。


 ケルビンは家族にトラウマを抱えているが、同時に恋しがっている。

 だから、今の家族(トラウマ)は消さなければいけない。

 そして、新たな家族が必要だ。


「だから、私と家族になろうよ!」


 条件は整ったアンは屈託のない笑顔でそう言う。

 


 ケルビンとて、彼女を拒みたいわけではない。

 むしろ、彼女は少女らしいかわいさと、無邪気で屈託のない性格で、何より、背中合わせで戦ってきた大事な存在だ。

 だが、手を出せば、親や悪意のある者たちから掛けられた『獣人達に手を出した愚か者』という烙印を押されてしまう。

 ケルビンの脳裏の中で、彼らがほら見たことかと嘲笑する。


 その妄想を首を振って、振り払おうとする。


「駄目なんだ。アン。誰が見ても、俺は冷静沈着でなければ」


「ううん、ケルビンは冷静なんかじゃないよ」


「そんなはずは……!」


「ケルビンが私たちの為に、動いてくれる時の目は鷹みたいだった。

 どんな獣人よりも感情的で、格好良かった。


 ねぇ、私の前では感情的になってよ」


 ケルビンの中で何かが弾けた。

 彼はアンとの位置をひっくり返すように、彼女を押し倒した。


「じゃあ、受け止めてくれよ」


 アンは吐息を吐きながら、幸せそうに頷いた。

















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ