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「追い返せ!」
「何が中佐ですか、たかだか、前線の指揮官の分際で!」
報告してきた兵に、マイヤー夫妻は怒号を放った。
「し、しかし、民衆たちが野次馬となり、大変な騒ぎです!」
兵の報告を証明するように、刑務所長室には騒ぎの怒号が聞こえてきた。
「ええい、鬱陶しい。早く黙らせろ!」
「ど、どのようにして?」
「|あれがあるだろう!
薄めて使え!
兵を総動員して、鎮圧させろ! 」
◇
警備の兵たちが、正門に急ぐ中、ケルビンらのトラックは正門から移動し、刑務所脇の壁際に止まった。
そこには人間には乗り越えられない巨大な壁が立っているが、先鋭である獣人のアンとユキノにとっては楽勝だった。
「頼む」
「失礼する」
ユキノはケルビンをお姫様抱っこすると、助走をつけて壁を飛び越えた。
アンも続いて、簡単に飛び越えた。
敷地内に着地すると、三人は素早く茂みに隠れる。
すると、目の前を3人の兵たちが走っていくところだった。
「おい、あれは持ってきたよな!?」
「くそ、窮屈でいやなんだよ、あれ!」
「直接吸いたいのか!?
薄めて使うっていうけど、それでも、催涙ガスよりきついぜ!」
(……?
正面三人、音を立てずに、締め落とせ)
ケルビンは彼らの言葉に、違和感を覚え、ハンドサインで二人にステルス攻撃の命令を出す。
二人は音もなく茂みから飛び出し、瞬く間に2人は背後から締め落とし、もう一人はアンの尻尾で顔面をたたきつけ、昏倒させた。
警備兵三人の手元から、ガスマスクが落ちた。
「なぁに、これ?」
アンはわけがわからないという顔をしていたが、ユキノはガスマスクのことを知っていたようで、顔をこわばらせた。
ケルビンはある可能性に気づき、愕然とした。
「ユキノ、君が囚人たちを解放するという作戦だったが、予期せぬ危険が出てきた。
この作戦は……」
「やろう、指揮官。命令を」
彼女のまっすぐな目は、ケルビンを射抜くように捉えていた。
しかし、ケルビンがやめろと命令すれば、彼女は従うだろう。
ケルビンは迷った挙句、彼女にガスマスクを手渡した。
「頼む。
ただし、死ぬのは許可できない」
「承知した。
ありがとう、指揮官。
私に同胞解放の名誉を授けてくれて。
この恩は勝利にして返す! 」
ユキノはガスマスクを着け、素早い身のこなしで、刑務所の窓から侵入した。
「え、どういうことなの?……んんっ?」
状況が理解できていないアンにガスマスクをつけてやると、ケルビンはこう告げる。
「作戦は変わらない。
俺たちはここの刑務所長と対峙する」
「うん、悪い奴なんでしょ、そいつ?」
「……わからない、まだ」
確かに両親は自分には冷たかった。
だが、自分と血がつながっている人間が、まさか、囚人に毒ガスを使うほどだとは考えたくなかった。
行って、確かめねば。
ケルビンは開け放たれた勝手口から、刑務所内に踏み込んだ。




