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その刑務所の刑務長室は王の寝室のように、豪勢な作りだった。
大理石の床、宝石があしらわれた豪華な家具、クローゼットには多くのタキシードとドレスが収納されている。
だが、そこでソファに座り、顔を合わせている二人は幸福には見えなかった。
ケルビン・マイヤーが両親、マイヤー夫妻だ。
息子を戦地に送ったという連邦への忠誠、そして、優秀な娘、エレナの斡旋により彼らは中央政府から、刑務所長というポストを手に入れた。
最初は、信じられない高給に舞い上がったが、社交界にでて、本物の上流階級のパーティに出席していくうちに、承認欲求が膨らんできた。
ただ、大金持ちでは駄目だ。
刑務所の長ではなく、もっと華やかな立場になりたいという傲慢な欲求が膨らみ、エレナを通して嘆願書を出したのだ。
だが、中央政府からは刑務所の警備体制を強化するようにとお達しが来るだけだった。
「ねぇ、あなた。獣人たちの反乱の噂って本当なのかしら?」
「馬鹿バカしい!
獣人たちにそんな知能があるわけないだろう。
仮に反乱したところで、連邦軍に鎮圧されるのがオチだ」
「そうね。いつになったら、このお役目を終えられるのかしら」
その時、突然、壁に掛けられていたマイヤー家の家族写真が落ちる。
夫がそれを拾い上げると、写真の中のケルビンと目が合った。
彼は苛立った。
連邦の役人として活躍する娘は誇らしい。
だが、息子は獣人たちの隊長をしているらしい。
その事実が彼のプライドを傷つけた。
「獣人の反乱で、いっそ死んでくれれば……!」
その時、乱暴なノックと共に扉が開け放たれた。
「し、失礼します!」
「なんだ!? 無礼だぞ!」
「も、申し訳ありません!
ですが……正門の方に、面倒な客が来ていまして!」
◇
ケリーたちは作業服から、軍の制服に着替えると、トラックを降りて刑務所の正面に堂々と歩いて行った。
先ほどのへりくだった態度とは違い、ケリーらは歩行者が脇へどいてしまうぐらいに、堂々と行進する。
当然、刑務所の衛兵たちは慌てて彼らを制止する。
「おい、ここは立ち入り禁止だ!」
「なんだその態度は!?
我々が何者かと知っての狼藉か!? 」
ケリーは大げさに胸を張る。
そこには中佐の階級章と、指揮官を示す金のバッチがつけられていた。
「わ、私は第七中隊指揮官マ、マックス指揮官である!」
「うっ……!? 中佐殿が何故ここに?」
末端の警備兵でも、若き指揮官マックスのことは聞いたことがあった。
ただし、顔立ちや年齢、生死についても知らなかった。
「それは……獣人どもが確実に収容されているかをこの目で確かめるためだ!
前線の戦いを知っている私が直々に監査してやる!」
「そ、そうだ!」「道を開けろ!」
ケリーは叩き込んだ台本を思い出しながら、かつての上官を演じた。
酷い演技だったが、警備兵の方も狼狽え、まさか偽物だとは思わなかった。
「何事だ?」
「もめごとかしら?」
民衆たちも騒動に引き寄せられ、刑務所正門はパニックになった。
ケリーたちは強引に押し入ろうとするも、警備兵たちは階級差もあり、上の命令なしでは手荒な真似は出来なかった。
「とにかく応援を呼べ! 周りを歩き回っている歩哨たちも全員呼ぶんだ!」




