表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

第12話 揺れる記憶、揺さぶられる心

朝の光がガラス張りのビルを照らす。

 藤ヶ原グループ本社、執務フロア。


 紫はデスクに座りながらも、書類に集中できずにいた。

 昨日、葵とのやり取りが何度も頭をよぎる。


> 「源次さんって、昔から優しくて、でも……その分、近づくと苦しくなることもあるのよ」




 その言葉が、胸に棘のように残っていた。

 ――源次さん、と自然に呼んでいた。

 その距離感が、紫にはどうしようもなく気になった。


(……私なんて、まだ“藤木さん”って呼ばれているだけなのに)


 小さくため息をつき、机の上のペンを強く握った。


 午後。

 打ち合わせを終えて廊下に出た紫は、角を曲がったところで思わず足を止めた。


 窓際に、源次と葵が並んで立っていた。

 二人とも資料を抱えたまま、穏やかに話している。


「変わらないわね、源次さん」

 葵の声は柔らかく、けれどどこか懐かしさを含んでいた。


「……変われないだけですよ」

 源次は視線を窓の外に向けたまま答える。


 紫の胸がきゅっと締めつけられる。

 それ以上聞いてはいけない気がして、彼女は足早にその場を離れた。


 社内カフェ。

 偶然席を取った紫の前に、玲香が姿を現した。


「ここ、いいかしら」

「……どうぞ」


 向かい合って座ると、玲香は静かに微笑んだ。


「この前の報告会、見ていたわ。よく頑張ったじゃない」

「……ありがとうございます」


 紫は思わず背筋を伸ばした。玲香の視線には、いつもどこか探られるような鋭さがある。


「藤木さん。……あなた、葵さんとは仲が良いの?」


 唐突な問いに、紫は一瞬言葉を失った。

「い、いえ……特別そういうわけでは……」


 玲香はその反応をじっと観察し、意味深に笑った。

「そう。ならいいの」


 その一言に、紫は心を揺さぶられる。

 ――玲香も、源次のことを意識しているのだ。


 夜。

 自宅の書斎で、源次は資料の整理を終え、椅子に身を沈めた。

 静かな部屋に、時計の針の音だけが響く。


 ふと、意識が遠のいた。


 夢の中――

 御簾の向こうで、女のすすり泣く声がする。

 灯りは淡く、香の匂いが漂っている。


「……お願い。行かないで……」


 振り返ろうとした瞬間、目が覚めた。

 胸は汗で濡れ、息が荒い。


「……まただ」


 源次は額に手を当て、深く息を吐いた。

 夢の中の声が誰なのか、思い出そうとしても霞んでしまう。


 翌朝。

 出社した紫は、ビルのエントランスでふと足を止めた。


 葵と玲香が並んで歩いている姿が目に入った。

 二人の表情に直接的な敵意はない。けれど、その空気には言葉にできない緊張感が漂っていた。


 紫の胸に、小さな痛みが走る。


(……私、何を怖がってるんだろう)


 歩き出しながら、紫は初めて自分の気持ちと正面から向き合わなければならない、と強く感じていた。


――交錯する視線の先に、まだ知らない未来が静かに揺れていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ