短髪と長髪
「俺、田中さんのことが好きだ!!」
「え……嬉しい…」
菜々美はポロポロと涙を流す。嬉しさが滲んでいて笑いながら泣いている。
俺はカメラに向かってもう一度宣言する。
「俺、松岡洸太がこの企画で選ぶのは、田中菜々美さんです」
そう、これは恋愛リアリティショー。残った5人の中から最後に誰か1人を選ばなければならない。
そういうエンタメなのだ。
司会進行は大きく頷くと、マイクを手に取り俺の元へ歩み寄る。
「松岡さんと田中さんカップリングおめでとうございます!いや〜おめでたいですね!」
「ありがとうございます」
「彼女を選んだ決め手は何ですか?」
「そうですね、最初は暗い子だと思ってたんですけど、田中さんを知っていくにつれて、意思が強いことがわかりました。その執念というか、意思の強さに惹かれました」
「いいですねぇ〜!田中さん、選ばれた今の心境は」
「え、選ばれて……本当に……よ、良かったです……。こ、これで……生き延びられる」
ん?今なんて言った?
「はい!ありがとうございます!それでは、この番組のメイン、選ばれなかった女性達の公開処刑です!それぞれ彼との思い出の場所で執行してもらいましょう!!」
は?なんだそれ
「ちょっと待ってください!何ですかいきなり!冗談でも言っちゃいけませんよ!」
俺の指摘に、司会者は表情が一変。狂気的な笑みを浮かべ、説明し始める。
「あなたの記憶は消してあるので、そう言うかもしれないと思いました!でも、そういう番組なんです!死刑囚を集めて、最後の1人になるまで1人の男を争奪する〈恋愛リアリティデスゲームショー〉!!途中で脱落になられた方は処分していますので、ご安心下さい」
「は?何言って……」
「こうでもしないと、最近のTV業界は危ういんですよ!暴力はエンタメなんです!平和すぎる今の世の中で刺激を求めるのは人間の性!〇撃の巨人でも言ってます!あ、もしかして、目の前で処分する所を見たかったのですか?」
「な訳ねぇだろ!なぁ、菜々美!……嘘だよな?みんなこの番組が終わっても友達だって、言ってたよな?」
「洸太くん…………本当に……(笑)、救いようのない人……」
「は?」
「もういいわよね。良い子ちゃんの皮を被らなくても」
「え……な…んて?」
菜々美は表情が一変して、瞳孔が開く。そして悍ましい笑みを浮かべて、高らかに笑う。
「あははは!これで、私は自由だ!!刑期はこれでチャラ!!馬鹿な男を騙すだけ!!あーーー笑いそうで堪えるのに必死だったわよ!!おかしぃ〜」
そうやって、残ったメンバーの処刑のために裏方が準備し始め…………
「ぬぅわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!!!」
「何だよ!急にデカい声だすなって」
「無理だろ!こういうのじゃないじゃん!!伏線回収したと思ったら、回収した中に放射線物質でもあった気分だよ!!」
中村は悍ましいものを見たような顔をする。
「そうかそうか、そんなにゾッとしてくれたか」
「なんで満足気なんだよ!!俺の可愛い田中ちゃんを返せ!!」
「娘はやれんよ」
「一丁前に作者面すんじゃねぇ。てかあれか!これまでの暗躍って全部田中ちゃんの仕業か!!娘に人殺しさせやがって!!」
中村はコタツの中で、俺の足を蹴りつける。家主を蹴るとは礼儀知らずだが、ここまで俺の小説で人の感情を動かせたと思うと最高にいい気分である。
「逞しく育ったもんだ。父ちゃん嬉しいぞ」
「こんな父親嫌だ」
「俺のせいじゃない。世界が悪いんだ」
「伊○誠かよ」
俺の新作小説「恋愛リアリティショーかと思ったら、恋愛デスゲームだった(仮)」は中村からは不評(?)のようだ。
狂気が垣間見える時が一番面白いのに、これが分からないとは……エンタメはこれだから難しい。
「ところで相談なんだが」
「何だよ」
「中村は短髪か長髪かで言ったら、どっちが好みなんだ?」
「…………それ、今関係あんの?」
「ない。全くない。しかーーし、キャラ作りする上で大事になるかもしれない」
俺の唐突な問いに、中村は少し悩んだように目を閉じる。
「俺は……どちらかといえばショート、、短髪かな。もちろん、その子に似合ってればどちらでも構わないけど」
「そうだよなーーーー」
ごく普通の受け答えが返ってきた。特に面白味はない。
「何だよ。鈴木はどうなんだ」
「俺は長い髪の女の子を好きになりがちだったんだけど、小説を書いていく上で少し変わってきてて。なんて言ったらいいんだろ」
俺が考えをまとめていると、中村は近くの漫画を手に取り、途中から読み始める。
何十周もしているはずなのに、その巻だけはお気に入りのよう。
「ロングは女の子らしさが出ると思うし、逆にショートはスポーティな感じで明るい印象になりやすいと思う」
「せやな」
「俺はこれまでの作品のメインヒロインは、ロングにしてた。そっちの方が女の子らしいと思ったから」
「全員そうだったか」
「ここで、俺の好みを考えてみたんだ。ロングの子は確かに女の子らしい。でも、よくよく考えてみると、手入れってめちゃくちゃ面倒なんじゃね?って」
「だろうな」
「そう考えると、俺はヒロインたちに、こんな苦行を強いてきたのかって…………なんか申し訳なく思ってきたんだよーーー!!!」
「それが好みと何の関係があんだよ」
「だから、最近は、髪の手入れなんて面倒だからショートを選ぶ、っていう女性の方が好みかもしれないって話」
「そうなんだー、あれ?何の話だっけ?」
漫画を読みながらだと、流石に意味不明な俺との会話内容が入ってこなかったらしい。
「これからはもっと、ヒロインたちの心情を考えてから、髪型とか設定しようと思ったんだ」
「その前に、ヒロインたちを一回殺すのをやめろよ。鈴木って女嫌い?」
「そんなことない。女体好き」
「女体言うな」
「でも、高校で彼女と別れてからは、近づいてくる女性は詐欺または地雷かもって、一度は疑うようにしてるだけ」
「誠に草」
ちなみに、俺の失敗はそれだけでない。
「出会い系サイトやらマッチングアプリを入れてた時、実感したんだ。結局、男だろうと女だろうと、自分に都合のいい奴隷のような存在が欲しいだけだよな。過去も今も、人間の本質は変わらない」
「ん?何の話?」
「性欲に溺れて失敗する俺の話」
「あーー、ってマッチングアプリやってんの?」
中村は漫画に釘付けになっていた視線を俺へ向ける。
「今はやってないけど、一年の時な。ほら、前に付き合ってすぐ別れたって言ったろ。それでどうしても次の彼女が欲しくて、アプリ入れたんだよ。でも、「一回三万でどうですか?」とか「大人の関係」とかそういう隠語が凄いぞ。ちょっとモテてるかもって錯覚させられるから、よりタチが悪い」
マッチングアプリやなんかは、お互いに「いいね」や「気になる」を押すと、マッチングしてメッセージのやり取りができるようになる。
そもそも、俺のように大したプロフィールを持ってないくせに、登録してすぐに「いいね」や「気になる」を押されるのは、どう考えても不自然なのだ。
「へーー、パパ活女子ってリアルにいんの?」
「いるにはいたぞ。プロフィールに「大人の関係以外は無理です」的なこと書いてあるし」
「草。鈴木とか絶対にカモやん」
中村の予想は当たっている。俺はカモられて数万円取られた。
中村とはそこそこ長い付き合いだから、言わなくても失敗したのは目に見えているらしい。
「あーーーーーー!思い出したくない!!性欲なくならねぇかな。そういう薬ある?Hey Siri!「性欲をなくす薬ってある?」」
「なんてもん調べさせてんだ。Siriがかわいそう」
そんなこんなあって、新作小説(仮)はお蔵入りが決定した。
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