小説家とラブコメ
最終決戦。
魔王の最大の武器であり、それ故に弱点でもある目は封じた。
「いけ!勇樹!」
「最後の一撃は任せたわ!」
「私の最後の魔力で、あなたをサポートします!」
戦士の武と魔術師の麗奈の声、そして神官のシャロのバフで身体に力がみなぎってくる。
「人間ごときが、俺様にたてつくなぁぁぁーーー」
巨体から振り下ろされる魔王の一閃を俺は跳躍してかわす。
「魔王、お前は殺し過ぎた」
俺は聖剣を振り下ろすと、魔王は光によって包まれ、消失。
確実な手応えを感じた。俺がこの手で魔王を倒したのだ。
「やった、のか?…………やったぞ!勇樹!」
「それ言うと、フラグになるからやめてよね」
「ほんとに……私達が魔王を倒したんですね」
異世界に来てから五年。長かったような短かったような。
「勇樹様、覚えていますか。あの約束」
「え?なんだっけ?」
上目遣いのシャロは、顔を赤らめている。
「もう!魔王を倒したら、王女である私と、その、、、、結婚……するって……いう」
「そう、だったな」
確かに、国王とはそういう約束だった。魔王を倒した時は娘をやる、と。
意識しはじめたら、急に恥ずかしくなるな。長いようで短い旅の中、俺たち四人は助けてあいながらここまでこれた。誰一人かけてもここまで来れなかった。
「まずは、みんなで帰ろう」
俺は武に肩を貸り、負傷した麗奈はシャロに持たれるようにして歩き始める。
やっと、終わったんだ。
俺たちが達成感に浸っていると、、、
ドスリ……と鈍い音がした。
目をやると、シャロは吐血していて、地面に伏している。
その隣には、暗い目をした麗奈。
「ダメだよ、結婚なんて。勇樹は私のもの」
「シャロ……麗奈……?何やって……」
俺が呆然としていると、武はよろけながら構える。
「麗奈、まさか!操られてッ――」
「筋肉はだまっててよ」
麗奈は投げナイフで武の喉に的確に貫き、武の血で俺の頬が赤く染まる。
俺は魔力を使い果たしたせいで、身体に力が入らない。
「勇樹、これからは、この魔界で一緒に暮らしましょう」
麗奈は不気味すぎる笑みを浮かべ、俺に「服従の首輪」をはめたのだった。
Happy end
「・・・・・どうだった」
「シンプルな感想でいいのか?」
「おう、頼む」
俺はゴクリと、緊張で唾をのむ。今は十二月。
新調したコタツで相対する目の前の友人は大きく空気を吸い込むと、
「なんでいつもいつもいつもいつもいつもいつも!お前はバッドエンドにしたがんだよーーー!!」
いつも通り、狭い自室に響き渡るほどの感想を吐き出してきた。
隣の住人から苦情が来たらどうすんだ、来たことねぇけど。
「いや〜、今回はだいぶマシだろ。ほら、ヒロインとは結ばれたわけだし」
俺は忠誠大学の大学2年生、鈴木。小説で一発当てようとするただの20歳。目標はもちろん印税生活である。
「結ぶってこんな狂気的な結ばれ方がか!?お前の頭をどうなってんだよ!」
「頭おかしいって、作家志望にとっては褒め言葉だぞ。照れるぜ」
「きめーよ!てかなんだよ!どう考えても王女のシャロと結婚して幸せになる流れじゃん!そういう王道展開じゃん!途中までは楽しく読めてたよ!なのに!なんで!こんな胸糞エンドしかお前はかけないんだよ!しかも何がムカつくって、途中まではしっかり面白かったのが、逆に憤りの元になってんだよ!」
「やっぱり面白かったんだな!」
「そうだよ!面白かったよ!途中まではな!主人公の勇樹の生い立ちから苦悩まで丁寧に書いてたし、仲間の能力でパーティーの力を補うとか設定も諸々よかった!」
「そうだろう、そうだろう」
そうだそうだ!もっと褒めろ!!
「だからこそ!丁寧に作ったトランプタワーを崩すみたいなことなんですんだよ!」
「…………それは、ほら、トランプタワーは崩す時が一番楽しいだろ」
「そんなサイコパスを友人にした覚えはねぇ」
中村はため息交じりに言うと、諭すように続ける。
「普通のラブコメみたいにハッピーエンドでいいじゃん。その方が絶対に大衆向けだろ。書くスピードは早くなったみたいだし、売れるなら王道でいいじゃん」
「それじゃあ俺の個性がなくなる」
「プロみたいなこと言うな。売れたいなら、王道をいけ。それが一番楽だろ。AIでもきっとそう言う」
「でもさー、主人公とはいえ、何となくシャロと結ばれるのは許せないんだよ」
「そんなところでこだわるならやめちまえ。あと、そろそろバイトしろ」
「いやだ!!働きたくない!!印税生活したい!!」
「一次選考すら通過しない奴が何言ってんだよ…」
目の前の友人は、同じ大学2年生の中村。高校からの友達で、俺の一人暮らしの住まいが大学から近いこともあって部屋に入り浸っている。
大学から近い場所にある一人暮らしは溜まり場にされることがしばしばあるらしいが、俺は友達が少ないので現状来るのは中村のみである。
しかも、俺の部屋は広さはそこそこあるが、漫画や小説が多く、人が動けるスペースが極端に狭い。
ゆえに中村は無料の漫画喫茶感覚で度々やってきて、「こんな良い場所を、他の連中が知ったらほっとかないし、知られたくない」とのことで、基本的に中村しか来ない。
「恋愛か〜。ラブコメのために、レンタル彼女でも借りるか〜」
「そんな金あるなら、俺だったら風俗行くわ」
「だよな〜」
「鈴木は彼女がいたことは?」
「あーーえっと……」
「だよな。鈴木に限ってないよな」
中村は俺の小説が書かれているタブレットを置き、横にある漫画を読み始める。
「決めつけんじゃねーよ。中村は?」
「2人いたな。高校の時で一回、で別れた後大学で一回」
「大学の時、彼女いたのかよ」
「まぁ、2ヶ月だけだからそんな長くはない」
「へぇ〜〜」
そうだったのか。まぁ、路上の吐瀉物くらいどうでもいい。
「興味なさすぎだろ。そういうところに興味持てないからラブコメが書けないんじゃねぇの?」
「だって、彼女いて羨ましいとか、本気でリア充爆発しろとか思ってないし」
「鈴木はそうだよな」
中村は漫画を読みながら会話しているから、てきとうな返事をする。
こんな話なんて、それくらいでちょうどいい。
「ぶっちゃけ、彼女欲しいと本気で思ったなら、普通にマッチングアプリでも始めてる」
「そうだな〜」
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる〜(笑)」
ギャグシーンを読んでいるのか、中村は半笑いで答える。
俺を嘲笑っているわけではないと思う。たぶん。
とにかく、自分の意見をまとめる上で、口に出すのは頭の整理になるので、俺はこのまま続ける。
「よく、アニメかなんかで、「守るべき存在があるから俺たちは強くなる」って言ってるけど、現実はそうじゃないだろ」
「何か変なことをしたら、裏アカでネットにあげられたりとかはあるらしいな」
「中村の経験談?」
「ちげーよ」
「俺が付き合っていた時は、彼女が病んで俺とのLINEが流出したわ」
「…………は?おま……彼女いたの?」
中村も流石に驚いたのか、素っ頓狂な声を出し、目を丸くする。
「大学受験終わって2週間くらいだけだけど。ほら、中村は最後まで受験頑張ってたし、報告は別に後でいいと思ってたけど、それする前に別れちった」
「エグゥ…………え、誰?」
「同級生の斉藤」
「マジ?結構人気あっただろ」
斉藤は簡単にいうと、高校の時、顔がクラスで3番目くらいに良く、勉強もできてスタイルもいい女子である。
「なんか俺も気になってたし、向こうも気になってる感じ出てたから、流れで付き合い始めた」
「それで、なんで別れた?早すぎんか?」
中村の食いつきが凄い。人の恋愛事情にそこまで食いつくとは…。
ラブコメが人気コンテンツなのがひしひしと伝わってくる気がする。
「俺がLINEの返信を1日放置したら、病んでLINEのトークがXで流出した」
「おぉ……なるほど」
「流出くらいどうってことなかった。ただ、鬼のように長文が何十回か来て」
「何十回もかよ……」
「リストカットしてる画像が送られたから、きっぱりと「別れよう」って言って、色々と問答があった末に別れられたって感じ」
「リストカットとかするタイプだったんか。全然そんな風に見えないのに……」
「俺と付き合う前に、片手で数えられるくらいの人数と付き合ってたらしいけど、恋人に依存してたんかな」
貴方に見てもらえないなら死んだ方がいい、という内容の長文だったが、そんな詳細に言う必要もない。
「言い方悪いけど、そうかもしれん。斉藤のInstagramは時々見るけど、男の匂わせあったのも印象的だった」
「へーー、あんまり人のこと悪く言いたくないし、これで終わろう。あ、でも、改めて考えると当然なのかも。女性は本能的に子供を作るため、外敵から身を守ってくれて、ずっとそばにいてくれる男を探すわけだし」
「鈴木が女の分析するとか……違和感半端ねぇ(笑)てか、付き合ってたなら早く言えよ。クソ面白いネタじゃねぇか」
「俺も忘れようとしてたし、中村と恋愛事情の話するとか思ってもみなかったからな」
中村は漫画を再び読み始め、俺は新しい小説の執筆に取り掛かる。
これは物語ともいえないような、何かありそうでないような、男2人がグダグダと部屋で話し合って議論する、そんな感じの話である。