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緋翼炎理のブレイブバード

第22回書き出し祭り提出作品です。以下あらすじ


 王国の竜狩り天使の一人、『勇翼』のグローリアは帝国に雇われた傭兵の『自由意志(レイヴン)』によって片翼を切り落とされてしまった。

 失意の中、彼女が療養のために故郷に戻ると、牧歌的な風景はそのままになぜか爆発音が響くようになっていた。

 グローリアが外に飛び出すと、翼もないのに空へと飛び上がる少年の姿があった。彼の背には、 炎と煙を吐く奇妙な鉄の箱が背負われていた。


「少年、私の羽になってくれないか?」


 「こちら『勇翼』。 帝国の竜を発見。突撃しま...」


 遥か先に敵国の飛竜を発見した竜狩りのグローリアは連絡中、すぐに背中に凄まじい悪寒を感じ取った。体を丸めて右旋回。案の定、凄まじい勢いで敵が突っ込んできた。相手が持っていたサーベルが体を掠め、グローリアの金の羽がいくつか舞った。状況を深く理解しないまま、グローリアは急襲してきた敵の方に剣を突き出した。彼女の天才的センスは的確に敵の影を捉えそして貫こうとしたが、それは虚空へと突き出されるばかりだった。敵はすでに、グローリアの頭上で羽ばたいていた。頭上から舞い落ちる黒羽を見て、ようやくグローリアは頭上を取られた屈辱と共に気がついた。天使の金の翼とは似ても似つかない、焦げたような黒い翼。そして帝国の軍服を着ていない。おそらく傭兵だ。彼女の雇い先を示すように、帝国の紋章が刻まれたワッペンが付けられていた。悠々と空を飛ぶ彼女は黒い瞳で無感情にこちらを睨め付けている。


「ここは、帝国の陣地ではないんだけどね。うん。さて。空の上で一対一。立会人がいないのは不満だがまずは名乗ろう。私はスーパー勇猛果敢、ウルトラ容姿端麗、デラックス才気煥発な鉄翼天使隊が一人。『勇翼』のグローリアさ」


 グローリアは不敵な笑みと共に、剣の鋒を向けて傭兵を見上げて名乗りを上げた。相手も興味を示したのか、片方眉を上げて、真一文字に結ばれていた口を開いた。


「『自由意志(レイヴン)』。雇用主は帝国」


 長々と口上を述べたグローリアと対照的に、傭兵は短く所属と名前だけを示した。『自由意志(レイヴン)』と名乗るその姿は、とても様になっていた。おそらく何度も名乗り戦い、そして勝ってきたのだろう。グローリアは気圧された。


「まったく、帝国(キミら)との戦争の火蓋はなんだったかな」


 しかしそれを考えたところで目の前の敵がいなくなるわけではない。グローリアは心のうちに浮かんだ雑念を消しとばし、『自由意志(レイヴン)』に向かって飛翔した。


 –––


 戦争において最も危険視されたのは竜だった。空を飛べるアドバンテージなど語るまでもないだろう。それが火を吐くとなればなおさらだ。竜をいかにして敵陣地に当てるか、そして竜を止めるかが戦争の勝敗を決めた。しかし竜の鱗は硬く、バリスタなどの攻城兵器でなければ一撃では殺せない。そして、動かない城壁を破るための兵器を、空飛ぶ竜に当てることはほとんど不可能だった。

 ならばどうするか。空を飛べる種族が竜の懐に入り込み、唯一の弱点である逆鱗を掻き切れば良い。どの国もそう考え、それを行える種族を探した。傭兵一族の鳥人たち、翼を持つ一部魔族、そして天使。種族的性質、文化、さまざまなものを鑑み、王国で選ばれたのは天使だった。天使はよく飛び、優しく、そして何より、他種族にも従った。見た目が良いのもあり、国民にとってはある種のアイドルだった。そして王国内で特に人気があったのは、鉄翼天使隊に配属後、飛ぶ鳥を落とす勢いで戦果を上げた『勇翼』のグローリアだった。そして今日、その栄光は地に落ちた。


「右翼が中程から断裂、右目の失明、落下による全身打撲。お気づきだとは思いますが、グローリアさん。あなたはもう飛ぶことができません」


 ドクターの淡々とした宣言に、竜狩り隊『勇翼』のグローリアは唇を噛んだ。全身に巻き付いた包帯のざらついた質感がひどく気に障った。羽をちぎられ落下した時の激痛を超える痛みが彼女の心に襲いかかった。グローリアの初めて経験した敗北は、ひどく苦く、不可逆な傷を残した。


「いえ、飛べます。飛んで見せます。だから......!司令官!」


「ドクター。彼女ほどの翼が失われるのはあまりに惜しい。再起の道はないのか」


「司令官殿。申し訳ありません。私はドクターです。事実以外は言えません」


 端的な、しかし心のこもったドクターの謝罪はグローリアと司令官の僅かな期待を完全にすりつぶした。司令官は天を仰ぎ、グローリアはただ床を見つめることしかできなかった。何度も噛み締められた彼女の唇からは血が出ていた。


「『自由意志(レイヴン)』との交戦結果がこれか......帝国め。あの自由嫌いのくせに雇うコネがよくあったものだ」


「戦場の伝説だと思っていましたが、あの惨状を見れば納得するしかないですね。グローリアさん。ゆっくり休んでください」


「私が!私が文句があるので.......ううっ」


 グローリアがなおも言おうとすると、それを見計らったかのようにへその上あたりがズキンと痛んだ。じんわりと血が滲んだ感覚があった。全身の血が腹の辺りから噴出するような感覚に襲われた。顔が青くなったグローリアに上官が声をかけたが、痛みに耐えるのに精一杯だったグローリアには聞こえなかった。


「ベットが空いています。すぐに彼女を」


「ドクター。ありがとうございます。グローリア、次のポストは用意しておく。まずは故郷でゆっくり休んでくれ」


 雇われ傭兵の『自由意志(レイヴン)』。グローリアの瞼の裏には、彼女の焦げたような黒い翼と、落ちていくグローリアを見下ろす黒い瞳がこびりついていた。


 –––


 何度か病院のベットでうなされ、グローリアは田舎に帰ることを選んだ。昔馴染みの視線と噂話は辛かったが、帝国との交戦領域から遠い実家はグローリアの心を落ち着かせた。


「ローリィちゃん。今までありがとうね。ゆっくりここで休んでてね。家事とかは全部おばあちゃんがやっておくから、ゆっくり寝ていてね」


「もう体は動きます。おばあちゃん。あとその呼び方、恥ずかしいと何回言えばわかってくれるんですか」


 グローリアのことを愛称で呼ぶ女性は祖母だけだった。軍ではもっぱら称号か階級、親しくとも名前だった。


「そうね、千回くらい言われたらわかるかしら?」


 お茶目にそう言ったグローリアの祖母の瞳には僅かながらに涙が浮かんでいた。お茶目ながらもその言葉は怒りを湛えていた。不運だったとは言え、無茶をして怪我して戻ってきた孫娘の姿に思うところがあるのだろう。グローリアは何も言えず口をつぐんだ。


「おばあちゃん、今の爆発音は何?」


「いつものことよ。竜の火球ではないわ。安心して。そう大丈夫。ここには帝国の兵は来ないわ。あなたの敵は何もないわ」


 早口でそう言った祖母はすぐにカーテンを閉じた。それと同時に、もう一度爆発音が響いた。そして同時に、少年の叫び声。カーテンの隙間から見える窓の外には、爆発以上の音量で少年が叫びながら、きりもみ回転で宙を舞っているのが映った。少年が背中に背負った鉄の箱からは火と煙が噴き上がり、彼を奇妙な軌道で動かしていた。彼はパタパタと手を動かしながら、凄まじい勢いで上下左右に飛び回っていた。加速に耐えきれなくなったのか、少年の叫び声が止まると同時に、彼の両手が力なく垂れ下がる。そして彼の意志に呼応するように炎は勢いを止めた。


「『勇翼』出ます!」


 窓を開き、すぐにグローリアは駆け出した。昔のように飛べなくても、体だけは鍛え続けていた。痛む翼に力を込めて、グローリアは飛び上がる。こんな翼でも、落ちてくる子供を受け止めるくらいの力はまだ残っていた。少年の体を掴み、強く抱きしめる。そして翼をめいいっぱい広げて、落下の勢いをなるべく殺しながらグローリアは地面に転がるように落下した。


「だ、大丈夫か少年」


 グローリアは少年を起こすべく、声をかけ続けた。少年は気絶しているようだった。多少の擦り傷はあるが、骨折などは見当たらなかった。自分自身の体の痛みを誤魔化しながら、グローリアは自分の体の上で気絶した彼の肩を揺さぶった。彼の閉じられた瞳がだんだんと開き始めた。


「お、おねーさん誰!?怪我大丈夫?」


 少年はグローリアの顔を見るなり真っ赤になったが、すぐに真っ青になった。グローリアはカタカタと震え出した彼の頭をなるべく優しく撫で、落ち着かせた。また顔が真っ赤になったが、震えは止まっていた。血色がここまで良いのであれば、きっと大した怪我はないだろう。そうグローリアは考え彼から離れると、彼はふらつきながらも両足で立っていた。


「怪我は大丈夫だ。これでもまだ鍛えてるからね。うん。私はそうだな。スーパー勇猛果敢、ウルトラ容姿端麗、デラックス才気煥発の......落伍者かな」


「なんて?」


「要は能無しの職なしさ。それより少年、君はどうして打ち上げられていたんだ?」


 無価値になった自分から目を逸らすため、グローリアは話の矛先を変えた。単純に、少年の危険行動にも興味もあった。


「俺天才だからさ、空飛べる装置作ってんの。これで30作目」


「少年。こんな無茶を毎度しているのか?」


 グローリアの呆れと驚嘆が混じったような質問に、でも飛べたじゃん?と口を尖らせて少年は返した。それはグローリアも納得しているところだったので、話題を再びずらすために少年のマシンに一体何が足りていないのかを聞いてみた。すると彼は羽ばたく真似を両手でしながら、タハハとあっけらかんに笑った。しかし、その笑いはだんだんと乾いていった。彼の目尻には涙がわずかに浮かんでいる。バカみたいだと呟いて、少年は俯いてしまった。その姿をみて、グローリアはほとんど反射的に言葉を紡いだ。何を言ったか覚えていないが、とんでもないことだった気がする。ただ、面を上げた少年のハッとしたような表情と、彼の目に灯る炎が印象的で、グローリアの心に離れず焼き付いた。


「......提案だ。少年。私を、君の比翼にしてくれないか?」

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