死因:○○死
第20回書き出し祭り、第二会場で公開されていた作品です。
ハーイ☆私ショーコ17歳。ひょんなことからトラックに轢かれて剣と魔法のファンタジー世界に来ちゃっただけの、どこにでもいた普通のオンナノコ。元いた世界に戻るために、神様がいるらしい聖地に向かって旅してるの。そんな私はみんなと違うところがあるの。こっちに来てからすごい傷が治りやすくなったことと......
「逃すな!あの女には100万ギルの値が付いてやがるんだ!」
現在進行形で奴隷商人達に追われていること☆
「捕まってたまるかぁぁぁぁ!!!!」
森の中を全力疾走。草をかき分け林を踏み越えとにかく奴隷商人どもの声が遠くなる方へ走っていく。いやーそれにしてもこっちに来てから体力も馬鹿みたいに増えて助かったなー。ここしばらくずっと走っているけど息が全然切れないや。馬相手に私逃げ切ってるんだよ?こんな体をくれてありがとう神様!でもこんな世界に呼び出しやがってふざけんな神様!
「生き地獄はノーサンキューだよぉぉぉ!!!」
走る。走る走るひた走る。そうして無我夢中で走った先、私を待っていたのは断崖絶壁だった。止まることを一切考えずに走ってきたせいで私は思いきりぶつかった。視界に火花が散り、鼻血がすごい勢いで噴き出した。視界がぐるるとひっくり返って、一瞬私は空を走っていた。当然落下した。
「三日三晩逃げ続けるとはな...手こずらせてくれる。だが、疾風かぜの速さは持ち得ないようだな。ファスト、逃したのを許す。こいつはバケモンだ」
「すんません、アーリーの兄貴」
倒れ込んだ私の首筋にひんやりとした刃が当てられる。追手は二人だった。刃を当てているのはアーリーの方だった。二人とも馬には乗っていなかった。まさか走って追いついてきたの?
「でどうしますこの女。手足の腱を切ったのにこの始末。手枷足枷も肉を削いで強引に抜けたしよ...」
常識ないのかみたいな言い方されても困るんだけど。そもそも常識ハズレはそっちでしょ。というか治るならやるでしょうこれくらい。死ぬよりずっといいし。トラックに轢かれた痛みに比べたらあれくらいの痛みは我慢できる。と考えたけれど、それを言う度胸は私にはなかった。
「気にするなファスト。こいつが逃げる前、買い手から連絡が届いた。最悪生きていれば材料になるとのことだ」
材料っておよそ人間に向ける言葉ではないよね!?というか何の?何の材料?人体で物作らないでしょ!それとも神様に捧げるとか?そんなことを考えていたら、ちょっと口に出てたらしい。アーリーにゲシッと、腹部を思い切り蹴られた。腹にかたい靴先が刺さり、迫り上がった内臓で肺の空気が押し出されて酸っぱい液体が喉に張り付いた。ここしばらくまともな食事をしていなかったからか、幸い胃の中身は吐かずに済んだ。ゴロゴロと悶える私の背中をアーリーは不快そうに踏みつけて這いつくばらせた。咳き込むことすらできなかった。
「うーわ。お気の毒様って感じだ。でアーリーの兄貴、やるんだろ?」
「ああ、手足は切る。切り口は焼き潰す」
冷酷に、しかし深い感情のない彼らの言葉は、私には理解できなかった。なんでそんなナチュラルにそれが選択肢になるの?もうちょっと逡巡するべきじゃないかな?
「ここでやるぞ。ファスト。解体道具、あと火打ち石は持っているか.........ふせろファスト!」
「なんだあにきっ.....」
ファストのセリフはそこで途切れた。いや違う。途切れさせられてた。何かが私の頭の上をゴウと音を立てて通り過ぎて、彼の首は切り落とされた。ゴロンと彼の足元に落っこちていた。同時に周りに生えていた木々が音を立てて地面に倒れた。
「同業か?出てこい」
伏せていたアーリーは手で私の頭を抑えつけながら、膝立ちで武器を構える。直後、首無し死体の後ろの鬱蒼とした木々の内側から黒い霧が溢れてくる。濃密な殺意が実体を持って現れたかのようだった。アーリーは私を踏みつながら立ち上がり、静かにそちらを向いた。誰も声を漏らさない空間の中、ザクザクと土を踏みつける音がだんだんと近づいてきた。そしてぬるりと、暗い霧の奥から一つ、人型のシルエットが現れた。シルエットの主は頭陀袋を目深に被り、顔を隠していた。その奥には青い瞳が人魂のように輝いていた。身に纏う汚れたサーコートには、眼窩から銀色の涙を流すドクロが描かれていた。手には血のついた手斧が握られていた。そして男の体は大きかった。180cmはありそうだった。しかも彼の周りに漂う不気味な威圧感が彼の体をずっと大きく見せていた。
「サーコートの紋章が髑髏に水銀......まさか死人部隊デッドマンズか?ふざけた話だ」
私は死人部隊デッドマンズのことについて何にも知らなかった。だからアーリーがその肩書きにどれだけ驚いているのかわからなかった。でも、目の前に現れた男が、とんでもないくらいに恐ろしい存在なのは肌でビリビリと伝わってきた。怖い。アーリーたちよりもずっと怖い。
「俺は......ジョークではない。ハンド=48だ。その娘......巡礼者ショーコだな?.....こちらに渡せ」
「断る。仕事なんでな」
フンと鼻を鳴らして、アーリーが刃をハンドの方へ向ける。瞬間風が吹いたと思ったら、アーリーの姿が消えていた。さっき疾風かぜとか言ってたけどそういうこと!?でもなんか消えた。今のうちに逃げよう。そう思った矢先に、アーリーが私の背中に座り込んだ。
「不死身の騎士団も俺の疾風かぜの前には無力。久々にいい気分だ」
笑いながらぽいと彼が無造作に投げたものは、切り落とされたハンドの首だった。あまりにも早すぎる結末に、私は言葉が出なかった。
「次はお前だ。ファストのバカは残念だったが、さっさと終わらせて金をもらうとしよう」
そう言いながら私を見下ろすアーリーのニヤケ顔は、すぐに驚きと恐怖が入り混じったものに変わった。私のせいじゃない。多分私も同じ顔してた。私たちの見ている先、アーリーの背には首を刎ねられたハンドの体が立っていた。首が無いのに歩いてきたのだ。すぐにアーリーが立ち上がって胸元に刃を突き立てたけど、ハンドの体はびくともしなかった。そしてすぐにハンドの片腕がアーリーの体を押さえつけて、そのまま地面に叩きつけた。逃れようともがいていたけど、ハンドがすぐにもう片方の手に握られた手斧をアーリーの頭に叩きつけた。分厚い刃がめりこみ、アーリーの顔が潰される。血と何かの粘液が滴る手斧をもう一度持ち上げて、アーリーの体が反応をしなくなるまで、機械的にハンドの体は手斧を振り下ろし続けた。
「......愚か者め。首を刎ねられた程度で......この俺が死ねるわけが......ないだろう」
刎ね落とされた自分の首を拾い上げたハンドは生首のまま怒りを湛えた声で喋りながら、ぐりぐりと切断部分を押し付け合わせて強引に傷を治していた。首の断面から流れ出した黒い血がぶくぶくと泡立ってて、接着剤のようだった。
「残るは......君か」
アーリーという危機はいなくなった。でももっとやばいのが現れた。私は考える前に立ち上がり、呼吸を整える間も無く逃げ出した。
「......待ってくれ。少し話を...聞いてほしい」
遠くから聞こえる私を呼び止めるハンドの声は、必死で、そしてどこか寂しげだった。振り返ると、手を伸ばす彼の姿は巨体に反してとても小さく、寂しそうに見えた。いつの間にか、私の足は止まっていた。
「聞くだけ。聞くだけだから」
すぐ逃げられる距離を離したままそう言ったら、ハンドはポツポツと身の上話を始めた。で、彼は死人部隊デッドマンズってやつで、戦場で死なないように変な死に方でしか死ねない呪いがかけられている上に、呪いの中身を知らされていないんだという。「川の中に石を拾いに行って溺死」とかわかるわけがないとハンドは苦笑していた。一応全員の死に方が書かれた本があるらしいけれど、字が古代のものらしく読めなかったらしい。
「この文字を読めるものに.....告げられた。強い体の乙女を探せと。その子がきっと呪いを解いてくれると。だから......」
「いーよ」
ハンドが口にする前に、私の気持ちは決まっていた。いつの間にか、私達の距離は逃げ出す前に戻っていた。思えば私がこの世界に来てから私を助けてくれた人はいない。例え不死身の怪物だったとしても、私を殺そうとする人間よりもずっといい。信じられる。
「でも私、元の世界に帰りたいの。手伝ってくれる?ハンドさん」
「もちろんだ。とても......嬉しい。ありがとう......そうだ。俺の殺し方、それの写しを......持っている。これだ。読めるか?」
小さい紙切れを見せてくる姿は、ちょっとだけ愛嬌があった。ええと、どれどれ?でも私に読めるかな?だってここ異世界だし...そんなことを考えていたが、意外にもその文字は日本語で書かれていた。まぁ私が巡礼者?とか呼ばれてたし、ちょっと納得いくけど。なになに?はら......うえ?ん?これってもしかして......!
「その......あの......」
「......?ショーコ、顔が赤いぞ......まさか、この文字は呪いの文字だったのか?」
「えっと......18になるまで待ってくださいいいいいい!!!!」
顔を覆ってどこかへ走り去っていくショーコ。手に持っていた紙切れを慌てて胸元に仕舞い込んだ後、ハンドは困惑のままショーコを追いかけていった。彼の胸ポケットに納められた紙切れ、その中には『腹上死』と達筆で書かれていた。