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公爵家の華たる姫君①

 翌朝、公爵の御屋敷に招かれたと聞いて発奮したハンナは持ちうる限りの装飾品を使って私を飾り立てた。いつもより相当に濃い化粧を施された顔が鏡に映り、それを見た私は大きく肩を落としてため息を吐いた。

 別に公爵と見合いをするわけでもなければ、見初められたとかいう話ではない。妹君の家庭教師にならないかという仕事の依頼で話をしにいくだけだ。そう何度もハンナには説明したのだが、公爵に招かれたという一点だけを聞いて舞い上がった侍女には全く届かなかったらしい。

 約束の時間までまだ余裕がある。自分で着替え直そう、と脱ぎ掛けると寮に備え付けられていた呼び鈴が鳴った。窓の外を覗くと、大学寮に横付けするには随分と立派が過ぎる馬車が停まっているのが見えた。


「お嬢様! 公爵様のお迎えですわ!」

「えぇぇ……歩いて行けるって言ったのに……」

「何言ってるんですか。公爵様ともあろう方が大切な女性を歩かせるわけがないでしょう」


 ほらほら、と急き立てられるように外へ出ると、グレイヘアの初老の男性が一人立っていた。私を見つけると帽子を脱いで深々と頭を下げて馬車の扉を開けてくれる。

 ――つまりというか、やはりというか、私を迎えに来たということだろう。

 背後に控えていたハンナの気配が色めき立ったのが分かった。

 いや、だから違うってば。

 そう言いたいけれど今のハンナには無駄だろう。仕方なく私は迎えの男性にエスコートされる形で馬車に乗り込んだのだった。


 そして、だ。

 公爵が所有する大きく立派な屋敷に足を踏み入れた私は、目を丸くして立ち尽くしていた。

 前世、いや今とは別の未来の記憶で見た王宮もかくや、という豪華さに圧倒されたのだ。壁一面に描かれた絵画があったり大きいのに繊細な彫刻が柱ごとに設置されていたり、田舎貴族の屋敷には縁がない物ばかりである。おそらくどれもこれも、一つだけでうちの家屋を一つ、いや二つ三つ買えるほどの値段がするに違いない。

 正直、ここまで格差があるとは思っていなかった。

 絶対触ってはいけない。万が一汚したり、壊したりしたら一生かかっても弁償できないばかりか父が処罰されてしまうかもしれない。大理石が敷き詰められているであろう廊下も、歩く際に踵を付けないようにしながら侍従さんについていくしかなかった。

 そしてその極度の緊張はまだまだ続いていた。

戦々恐々としながら案内された部屋のソファで固まっていると、侍女らしき女性がお茶を運んできてくれたのだ。……その、ものすごく高そうな茶器で、ものすごい高級そうなお茶を。

 注がれたお茶は紅く輝き、フルーティで上品な香りがする。が。飲めない。茶器に手を伸ばしてそれを持ち上げることが恐ろしい。どうぞと言われてそうですかとひょいひょい口など付けられようか。

 給仕をしてくれた女性はどう見ても挙動がおかしい私に気付いてはいたのだろう。しかしよく訓練されている侍女は表だって首を傾げたりはしないものの、ほんのわずかに眉根を寄せつつ頭を下げて退室していった。

 結局私はお茶も飲まないまま、ひたすらソファの上でカチコチに固まったまま館の主を待つことになったのだった。

 そしてどのくらいの時間が過ぎたのだろう。

 コンコン、と扉を叩く音がした。返事をする間もなく扉が開き一組の男女が姿を現す。男性の方はもちろんこの館の主、ヴォルフザイン公爵だ。王宮へ仕事にでも行っていたのだろうか。昨夜の礼装ではなく軍装に近い衣装をまとい、胸にはいくつもの勲章を付けている。

 私の姿を見た瞬間、ほんの一瞬だけ足が止まったような気がしたが気のせいだろうか。

 しかしだ。そこを気にするより彼の隣でしずしずと歩く少女の姿に目を奪われた。

 なんとかわいらしい、花のような可憐さを持つ少女だろうか。

 形の良い卵型の輪郭と薄い桃色の唇、伏せた目元。それらには幼さが残るものの、部屋の入り口と中央という離れたところから見ていても美しい顔立ちをしていることが良く分かる。まっすぐで滑らかな金の前髪は眉の下で綺麗に切りそろえられ、残りは首の後ろで一束にまとめられていた。

 公爵よりずいぶんと背が低いが、子どもというには長身の部類だろう。薄水色のドレスが良く似合っているが、顔立ちの美しさと合わせると夜会用のドレスを着て王宮の広間に立ったらきっとダンスの申し込みが絶えないほど映えるに違いない。


「やあ、お待たせして申し訳ない。ヅィックラー嬢。朝一番に王子殿下の呼び出しがあったもので、今戻りました」

「は! はい!」


 ここはお招きありがとうございます、と返事をする場面であろう。しかし私の口から飛び出した返事は突拍子もないほど大きな声で、しかもひっくり返っていた。極めて強い緊張という負荷がかかっていたのだ、見逃してもらいたい。

 そんな私の心を知ってか知らずか、ヴォルフザイン公爵はつかつかとソファの近くまで歩み寄り、そして私の対面に腰を下ろした。一緒にやってきた少女もその後に続く。近くへ来ると何の香だろう、花のような柔らかく甘いにおいが私の鼻先をくすぐった。


「今期の聖女の認定試験がてこずりそうでしてね。お呼びしたというのに大変失礼した」


 聖女、という言葉に一瞬身体が強張る。今の私には全く関係がないと分かってはいるけれど、やはりその単語は心臓に悪い。どきりとした胸を押さえて、私は顔の引きつりを誤魔化すために頭を下げた。


「ご紹介します。妹のアメリアです」

「は、初めまして! エルネスタ・エマ・ヅィックラーと申します。エルネスタとお呼び下さい、アメリア様」


 アメリアと呼ばれた少女は、小さくぺこりと頭を下げた。顔を伏せているが、金色の髪の隙間から覗く耳が真っ赤だった。


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