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予期せぬ招待①

 卒業式は恙なく進行し、私は晴れて大学の卒業証書を手にした。

 首席として名を呼ばれ学長前に進み出たとき、同期を含む周りから上がった声が称賛だけではないことは分かっている。約百人の卒業生の中で女性は十人ほど。女が、という訝しげな声もあれば、女のくせにといったやっかむ声も少なからず聞こえていた。

 でもそんなことはどうでもいい。ようやく自力で官職に就ける機会を得られたのだから。

 と、思っていたのに、式後に設けられた祝賀会のはじめに発表された王からの祝辞で、私は足元の地面が崩れ落ちる錯覚に襲われた。


 ――人件費の調整のため来期の官人募集はなく、新たな募集は再来年になるというものだったのだ。


「……今年と来年、どうしよう……」


 発表を聞いた私は、乾杯の合図がある前に呆然としながら会場を後にした。目の前が真っ暗になるというのはこういうことか。まさか自分が卒業する年に人件費の問題で募集がなくなるなど、思ったこともなかったのだ。

 てっきり来月あたりに採用試験があると思ったのに、とんだ誤算、いや災難である。とりあえずヅィックラー男爵領に戻るとしても、あの閉塞的な田舎のことだ。嫁き遅れの領主の娘が帰ってきたと分かれば、あらゆるところから結婚だのなんだのという圧力がかけられることは目に見えていた。

 父や母は私の思いを知ってくれて、官人になることを認めてくれてはいるものの、それとは別に田舎特有の圧力というものに耐えられるかどうかは別である。貴族間の腹の探り合いに疲弊した父が、私を結婚させようとするかもしれない。


「それは嫌だぁぁ……」


 私は頭を抱えてしまった。

 祝賀会場は王城の一角にある、城で三番目くらいの格がある広間で行われていた。由緒ある貴族の子息や、裕福な商人の家の子などが多く通う王立大学の卒業式は、学生とその両親を中心にそのまま祝賀会に参加することになっていた。

 王の宣言を聞いてその場に卒倒しそうになったが、さすがに人目がありすぎる。なんとかこらえてよろよろとテラスにたどり着き、それから立ち上がることもできないまま私は椅子に座り込んでいた。

 もうすっかり日が暮れて、風が夜気を孕んで冷たく私の頬を撫でる。硝子扉越しに見える広間はきらきらしていて、まるで別世界だ。クッションもないテラス用の椅子に長く座っていたせいで、そろそろ体の各所が痛んできた。でも広間に戻るのは、高位の貴族家出身で希望に満ちた卒業生たちの笑顔がまぶしすぎて躊躇われた。

 こういうとき、身分の違いというものが身に染みると思う。実家は裕福で、王都に別邸がある彼らは「帰る」「帰らない」の前に大学寮すら必要としていない。正直、羨ましいと思った。

 長く離れていたのでふるさとに帰りたいと言えば帰りたい。しかし帰ったらおそらく何らかの圧力がかかって官人の試験を受ける前に結婚させられる。それを思えば帰りたくない気持ちが強くなった。

 しかし実際問題、大学寮は明日の午前中に出て行かなくてはならないし、そうなってしまうと王都に住む場所を確保しなければいけなくなる。

 が、職もない貧乏男爵家の娘に家や部屋を貸そうという物好きなどそうそういないだろう。数日ならどこかに宿をとれるかもしれないがそれにしたって長くは居られないし、ハンナも私が帰らないと言えばついてくるだろうから彼女の宿代だって必要だ。

 頭の中で貯金の残高を思い浮かべるが、ハンナと二人分と考えるとそこいらの宿で三日が限度である。


「……詰んだ」


 私はテーブルに突っ伏した。

 遠くから流れてくる祝賀会の音楽をうすぼんやりと聞きながら、どれくらいそうしていただろう。いよいよお尻どころか腰も痛くなってきたし、質の良い生地を使っているとはいえ礼服もすっかり夜風を通して冷たくなって体もガチガチに冷えてしまった。

 こっそり寮に帰って寝てしまおうか、あとは明日考えようか、などと思ったときだった。


「失礼。エルネスタ・エマ・ヅィックラー嬢でお間違いないでしょうか」

「はい?」


 しまった、と思ったがもう遅い。誰もいなかったはずのテラスで突然声をかけられ、私はつっぷしたまま思わず素で返事をしてしまった。

 がばっと体を起こして辺りを見渡すと、テーブルをはさんで向かい側に一人の男性が立っている。短く切られた黒髪に、すらりと上背のある男性だ。白いタイに燕尾のジャケット、そして胸元には叙勲と爵位を表すいくつもの勲章を着けている。その中の一つに私の目が釘付けとなった。

 星をかたどった金色の意匠の中に強く輝く透明な石が施されているそれは、この国の中でも高位の貴族である証だ。透明な宝石を身に着けられるのはこの国で王家と、それに準ずる公爵位をもつ者だけである。

 そしてそれに気が付いた瞬間、私の背にぞくりと悪寒が走った。

 なぜならその勲章を着けた人物に、私はあの悪夢の中で会っているからだ。

 こちらを見る鋭い眼光は変わらない。刑場で私を氷の様に冷たい目で睨みつけ、王子に付き従っていたあの男性――


「……ユリウス・カイ・ヴォルフザイン公爵……さま」


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