必要なものは白粉か、否か②
大変ご無沙汰しております。
この度、表紙にも記載しておりますがTOブックス様よりタイトルそのままで書籍化されることになりました。
2024年12月20日発売で、ただいま予約受付中です。
イラストレーターに羽公先生をお迎えし、なろう版を大きく加筆修正して読み応えある一冊となりましたのでぜひご覧ください。
オンラインストア版、電子書籍版でそれぞれ特典SSもついてます。お楽しみに。
「お嬢様方は、文字をお読みになれません」
その日の夜、視察を終えて部屋に戻ってきた公爵と打ち合わせるために部屋に呼ばれた私は、開口一番にそれを告げた。
上着をヒル君に預けながら振り返った公爵の顔が少し固くなっている。
「なんだって? 伯爵家の娘たちのことか?」
「はい。一番上のお嬢様のカリナさんをはじめ下のお嬢様方もおそらく」
「どうしてそんなことが分かる?」
私は今日の昼の出来事をかいつまんで公爵に説明した。
奥方には会えなかったが姉妹が住む部屋へ案内されたこと、随分と屋敷の端っこにその部屋があったこと、茶葉の缶に書かれているラベルを姉妹が読んでいなかったこと。
特にお茶の缶のラベルは大きな文字で帝国産と書かれていたのに、隣国産と言っても訂正されなかったことを告げると、公爵の顔はますます強張った。
「つまり、娘たちはごく簡単な国名の識別もできないということか」
「はい。ざっと室内を拝見したところ本も筆記具もお持ちでないようでした」
ううむ、と公爵は唸る。テーブルにお茶を並べていたリタさんも小首を傾げた。公爵家では厨房係も洗濯係も、簡単な計算と読み書きくらいはできる者ばかりだ。仕事をするうえでメモをとることもあるだろうし、注意書きや品物の値段を読めないのでは困るから。もちろん実家のハンナだってそうだし。
それなのに良家の子女ともあろう者が食品についているラベルすら読めないというのは、結構大きな問題なのだ。
「ひょっとして、フロンテラ伯はお嬢様方の教育を放棄していらっしゃるのではないでしょうか」
「しかし昨日会った時の立ち居振る舞いは完璧だったぞ」
「……そう、でしたね……」
確かにそこは完璧だった。優雅に、そして無駄のない動きで膝を曲げていた彼女たちの姿は、付け焼刃に近い私とは雲泥の差があったと思う。言葉遣いも丁寧で、年齢のわりに下のお嬢さんもしっかりしていたっけ。
文字は読めない、けれどマナーは完璧という少女たちに、なんともちぐはぐな感じがして気持ちが落ち着かない。そのちぐはぐさをうまく言葉にできずもどかしい気持ちでリタさんの淹れたお茶を一口含んだ。
熱すぎず、冷たくもない。のどを潤すのにちょうどいい温度のお茶はごくりと飲み込むとするすると胃に落ちていく。
そういえばあそこで飲んだお茶はとっても熱かった。厨房が付いているのかもしれないと思ったけれど、それもなんかおかしい。主の家族である幼い子どもがいる部屋なのに、火を使うような設備を置くだろうか。
主の子だというのに、屋敷のはずれに住まわされて、晩餐の場ですら給仕のように壁際に立たされて、まるで使用人のような扱いだ。
うーんと唸っていると、ネクタイをほどいた公爵がソファに腰を下ろした。
こちらもな、とヒル君から書類の束を受け取りながら顎に手を添えている。
「まだ見回りきれていないが、領内の産業自体は以前とそれほど変わったところはない。だからこそ領主がなぜ屋敷を王都から離したか、納得がいく理由が欲しいんだが特に大きな理由もないとはぐらかされてな」
「いくら領地内とはいえ、理由もなく居住地を替えることなどないと思いますけど……」
「普通はな。わざわざ奥地に引っ込み、こんな堅牢な街と屋敷を作るには相当に金がかかったはずだ。理由もなく、ということは考えにくい」
「何かお隠しになっている、ということでしょうか」
不穏な気配に私の眉も寄っていく。
公爵はジャケットを抱えたまま立っていたヒル君に奥の部屋へ片付けるように言った。小難しい顔をしていた少年はいいお返事をして扉の奥へと姿を消す。リタさんもベッドメイクをするといって寝室の方へと下がった。
そのタイミングで公爵がそうっと私に顔を寄せた。
「もう一つ気になることがあった」
「なんですか?」
「山の形が違う」
山、と私は首を傾げた。
「俺は今の人生でこのフロンテラ伯の領地に来たことはない。が、前世では何度かアルベルトと一緒に来たことがあるんだ。その時に見た風景と今の風景が違うと思ったんだが、その原因が山の形だった」
「山の形って、変わったりするものでしょうか……」
前世という言葉を聞いて私も声を潜めた。ヒル君やリタさんが席を外したこの時でなければ話せないことだ。
「街の北西に伸びている山なんだが、随分と低くなっているように思う。あとその裾野には海風を防ぐための林があったはずなんだ。大昔の領民が風害を防ぐために植えていたはずの人口の林だ。その林もごっそりと消えている。道理で見晴らしがいいと思った」
「山と、林……」
どういうことだろう。私はテーブルに広げられた書類に目を落とした。各産業の収支をまとめた帳簿の写しだろうか、ところどころに赤いチェックが入っているけれど大きく数字が変わっている様子はない。
それなのに地形が変わる、風景が変わるようなことが起こっている。そして領地内とはいえ領主の居住地が奥地へと移され、堅牢な城塞化している。
「新しく街と城壁を作るために石材や木材を出したってことですかね……運びやすいから拠点を移した……?」
「いや、あの山は確か石灰石の産出で有名な山のはずだ。建材に適した岩山じゃない。木材の面で言えば確かにあの林を伐採すれば住宅用の木材は大量に補給できるだろうが……」
「石灰石だったらいくら大量に掘ったとしても、確かに城壁にはなりませんもんね……うーん」
石灰?
公爵と額を寄せ合って唸った私は、その言葉に視線を上げた――。




