無遠慮と不調法と①
一緒の部屋に泊まればいいと駄々をこねる公爵を付き添いで来ていた従者と伯爵家の侍従さんに連れて行ってもらい、私は使用人部屋が集まる屋敷の離れへと案内してもらった。
ありがとうございますと謝辞を述べると、案内してくれたフロンテラ伯爵夫人と侍女さんは静かに一礼した。夫人のたおやかな物腰もさることながら、付き従っていた侍女さんのきびきびとした動き、無駄口を叩かない仕事ぶりに驚かされる。教育が徹底されているのだろう。
うちのハンナならお客さん相手に黙っていられるわけがなく、主人である私がいたとしてもあれやこれやと世間話を始めてしまうに違いない。男爵家程度なら訪れるお客の身分も知れているしそこまで悪いこととして扱われないが、公爵家の使用人も客前では無駄口をきかないように教育されているし、高位の貴族の家ではこれが普通なのだろう。
が、なんか違和感があった。
でもその正体も、何を見てそう思ったのかもわからないままだったので、とりあえず私はその違和感をほったらかすことに決めた。ここに来た目的は伯爵家と親しくなることではなく、国内の流通に関する視察(もちろんそれは公爵の仕事なのだが)である。
とりあえず荷物を置いたら部屋へ来るように言われていたので公爵のところへ行こう。視察の打ち合わせをしなければいけないし、なんか夜は歓迎の晩さん会があるとか聞いたし。
こちらに持ってきた荷物は使用人の部屋に置いても問題ない、比較的廉価な服と本などである。ドレスや装飾品の類は公爵の荷物の中に入っているから、着替えるなら向こうに行かなくてはいけない。
面倒くさいからこっちに持ってきたかったけれど、あれらは公爵家のものだから万が一こちらで盗難やら破損やらがあっては弁償になっちゃうしなあとため息が出る。いくらアメリアの家庭教師としての給料があっても、王家御用達の職人が作ったヘアアクセサリーであれば一つであっても弁償するには高額である。
しかし戸口で待っていてくれた侍女さんに公爵のもとへ案内してほしいと告げると、彼女は一瞬目を見開いて戸惑ったような表情を浮かべた。
それまで一言も発することなく仕事に徹していた侍女さんが、口を開きかけて、そして止める。何か、と問うても答えはない。
「あの?」
「失礼いたしました。ご案内いたします」
いやいや、なにも失礼なんかないんですが。と口から出そうになったけれどそれより早く侍女さんは頭を下げた。まるで会話を拒否しているかのような、そんな素振りにすら感じる。
腰を曲げきるほど深く頭を下げられてはもうこちらも何も言えず、母屋の来客用の部屋まで私は黙って彼女の後をついていくしかなかった。
来客用の部屋は伯爵邸とは別に、敷地内に一棟作られた屋敷であった。だったらお付の従者や侍女たちも一緒に泊まれるはずだけれどなぜかこちらには男性だけが通されており、私を含め女性の使用人は伯爵邸のはずれにある離れに部屋を与えられていた。
公爵のところへ行く途中、一緒に来ていた公爵家の侍女さん達とも合流しどんな部屋だったかとちょっとした雑談をする。その間も伯爵家の侍女さんは何も話すことはなかった。
「やっと来たか、早く君も支度をしてくれ。リタ、エルネスタの荷物は隣の部屋だ」
応接室にあたる部屋では公爵が従者のヒル君に着替えを手伝ってもらっている最中だった。もう夜会用の礼服の下に着るシャツに腕を通している。真っ白いシャツとタイ、そしてベストが夕日にはまだ高い日の光をまぶしく反射していた。
リタと呼ばれた侍女さんはすぐに一礼して隣の部屋へ駆けていく。
「もうお着替えになったんですか? 少し気が早くありません?」
悠長に窓辺の景色を見ていると、何を言っているんだと公爵が呆れた声を出した。
「伯爵夫人から晩さん会の時間を聞いていないのか? もうじきに呼びに来るぞ?」
「ええ? 伯爵夫人からは何も……?」
「おかしいな」
公爵はテーブルに置いた懐中時計に視線を落とした。
うわあ、と私はその懐中時計に目を奪われる。王都でもとびきり腕の良い職人だけが作れる品物で、よほど身分が高くないと持てない代物だった。何しろ手のひらに収まる大きさなのに、時と正確に刻むことができるのだ。その機構はどれほど精密に作られているのだろうとワクワクする。
もっと近くで見たい。そうっと近づくと、顔を上げた公爵と目が合った。
「急いでくれないか、エルネスタ。あと半刻もないぞ。髪も化粧もしなくちゃだろう」
「え? 半刻?」
「リタ! 早く!」
「承知いたしました。エルネスタ様、こちらへ!」
晩餐というには早すぎる時間に開始と聞いて、リタさんに私は引きずられるように隣室へ連れていかれた。
公爵の外出についてくるだけあって、リタさんも十分敏腕でやり手の侍女だ。あっという間に下着姿にひん剥かれ、するすると肌触りのよい絹の薄青のドレスを着せられる。
「公爵様のご婚約者として、恥ずかしくないように仕上げますので」
「……いや、そうじゃないって知ってるくせに……」
「実質はどうであれ、対外的にはそうなっておりますので」
お覚悟ください、とリタさんは腕まくりをして人の顔に粉を叩いた。普段自分がやるには適当な化粧で済ませる顔も、熟練の侍女の手にかかれば流行通りの貴婦人顔になる。長い銀髪は高めに結い上げられた上に真珠の髪飾りを随所に盛り込まれ、ようやく傾いて室内に差し込んだ日の光にきらきらと輝いた。
鏡の中の自分を見て、私はおおと感嘆の声を漏らした。
恥ずかしくない仕上がりに、というだけあって確かにこれは聖女であった頃の自分を思い出させられるほどだ。おそらくリタさんにとっても会心の出来だったんだろう。背後で響く大きな深呼吸の音の中に、ふふふと声が漏れている。
リタさんのできましたという声を聞いて部屋へ入ってきた公爵も、にやりと笑って親指を立てた。胸を張るリタさんを褒めちぎり、その隣ではヒル君もにこにこしながら頷いている。
別に公爵様のためではないのですが、と言いかけて私はそれを飲み込んだ。なんとなくくすぐったくて、照れ笑いが浮かんでしまう。
そうこうしているうちに晩餐の時間になったのだろう。居間のドアをノックされる音がすると、公爵は私に向かって「どうぞ」と手を差し伸べたのだった。




