家庭教師のお買い物①
ご好評いただいたので、新章開幕します。
週1~2回を目標に更新を続けますので、どうぞよろしくお願いいたします。
一週間ぶりのお休みを迎えた私は、足取り軽く公爵邸から王都の商店街へと繰り出した。公爵は朝から国王陛下に呼ばれたとかなんだとかで出かけて行ったので、しばらく帰ってこないに違いない。
例の一件から王位継承順一位となったユリウス・カイ・ヴォルフザイン公爵は、今や国王の側近として山のような仕事をさせられているらしい。
以前は夕食を共にすることも多かったが、最近はお顔を見ない日もある。その分アメリアの世話は私やソフィさんに託されており、その責任は重大だ。お休みもソフィさんと交代で取ろうと相談し、年配のベテラン侍女さんに先にお休みを譲った結果ようやく今日を迎えたというわけだ。
この機会に思い切り羽を伸ばしてやろう。私は帽子のベールをちょっと持ち上げて空を見上げた。
アメリアとともにお昼の軽食を食べて出てきたので、太陽は真上より少しだけ西へ降りている。数日前より日差しが強くなっている気がするのは、初夏と言われる季節が近づいてきているからだろうか。
「さあて、本やノートも仕入れたいけど、まずは眼鏡屋さんに行ってお目当てのものを……」
入荷の連絡があってからずっと、迎えに行けることを楽しみにしていた「ブツ」を思い浮かべた私の頬はだらしなく緩んでいることだろう。この前眼鏡を新調しにいった際にその話を耳にして、飛びつくように予約してしまった。
お財布には支度金として公爵から受け取った銀貨がほぼ手付かずで入れてある。値段も聞かずに予約をしてしまったが、さすがにこれだけあれば足りるだろう。ずっしりとした財布の重みに私の頬はますます緩んでいく。
さて、その予約した「ブツ」とは何か。
答えは簡単。その名も「顕微鏡」である。
しかも単レンズ式ではなく二枚のレンズを組み合わせた最新式だ。これまでよりももっと小さなものが、もっと大きく見えるという眼鏡屋さんの宣伝文句に釣られて即決したのだ。
これをアメリアの授業に導入すれば、きっとあの子も大喜びするだろう。虫の観察や植物を構成する細胞の観察も楽しむに違いない。自分で使うのも楽しみだけれど、かわいい教え子が喜ぶ姿を想像すると胸がわくわくしてくる。
「こんにちはー」
「やあ、ヅィックラーさん。お待ちしてましたよ」
「入荷したってご連絡ありがとうございます。……で」
「こちらですよ」
にやりと笑った眼鏡屋の店主が店の奥へと手招きする。後に続いて入ると、おそらく店主たちの食事などをするテーブルだろうその上に、赤ん坊くらいの大きさの木箱が置いてあった。
ほら、と店主が木箱を開けた。中から現れたのは、金属でできた筒とそれを支える台座だ。筒の下部は細く窄まっており、上部はワイン瓶の口のような形状をしているが透明なレンズが蓋になっている。
「明るいところでないと見えないので、窓の近くでこのレンズを覗いてみてごらん」
店主の招きに応じて窓際に台座ごと金属の筒を持っていき、レンズを覗いた。白っぽく丸い視野の中に、ぼんやりとした影のようなものが見える。レンズから目を離して筒の下を見れば、そこにあったのは糸くずだ。
「黒っぽい影しか見えなんですけど……」
「焦点が合っていないんだ。ほら、覗きながら筒のここのところをくるくると……」
そういって店主が筒の上部を回し始める。ほら、と言われ中を覗き込むと今度はさっきよりずっとはっきりした視界に、毛羽だった糸の先が見えた。
「すごい! 繊維の断面までこんなにくっきり大きく見えるなんて!」
「だろう? 最新式だからね。以前のものより視野も明るく見えるはずだよ」
開発した本人でもなかろうに、眼鏡屋の店主は自慢げに大きく胸を逸らした。
これは早く持ち帰ってアメリアに見せてあげたい。
私は大急ぎで顕微鏡を木箱に戻し、言われた通りの金額を支払った。なんと銀貨で九十枚。おお、と思わず声が漏れるが仕方がない。だって買うって言っちゃったし、こんなの実際に使ってみたら買わないなんて選択はないだろう。
財布からしっかり銀貨九十枚を支払うと、公爵邸まで届けてくれるという店主の申し出を丁重にお断りして私は木箱を背嚢へとしまい込んだ。
「ご、ご婦人がそんなものを……? 大丈夫ですかね?」
「大丈夫です。これ、結構丈夫な生地でできてるので落とすこともないと思いますし!」
およそ貴族の娘とは思えない、外出着に背嚢という奇妙な出で立ちではあったが気にしない。大枚はたいて買った器具を人任せにはしたくない、という気持ちもあったし、まだ外で買い物の予定もあるし屋敷で受け取れないかもしれないし。
早速スケッチブック用の紙と昆虫図鑑を買いに行こう。ほかには動物に関する本もあればいいし、そうだ、寄生虫の本も新しいものがあるかもしれない。見つけたら買って帰ろう。久しぶりのお休みだし、帰りにはちょっと甘いものでも食べていこうかしら。
――そんなこんなで意気揚々と眼鏡屋を後にした私だったが、すぐさまいろいろ後悔することになった。
そりゃそうだろう。
顕微鏡は金属で、入っている箱は木箱で。
そして調子に乗って何冊も本を買った私は、あまりの重量に街中で立ち往生することになってしまったのだった。




