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第60話 ホワイトアウトの恐怖



ピュオーー


 槍ヶ岳の頂上まであと一歩と迫る。

 岩が氷と化し、普通に歩くのも困難なほど傾斜もきつい。

 周りを見渡しても頂上まではずっと崖になっている危険なエリアとなった。


 ロッククライミングならぬアイスクライミングで頂上まで到達する必要がありそうだ。

 時折ふく突風でバランスを崩せば崖の下へ滑落する危険性もある。


 改めて頂上を見上げてみるとすぐそこにあるようで、まだまだ先にあるようにも思えてしまう。

 嵐のように吹き荒れる雪風が二人の距離感を錯覚させる。



「いや、ここまで来て引き返すって絶対ないよ!?」

「それはもちろん、分かってる、けど……」



 ラヴは頂上付近においても何か嫌な予感がしてならない。


「よし、分かった、それじゃあこうしよう! 私とラヴ、二人を鎖のロープでつないで登ろう! そうすればはぐれることもないし、崖に落っこちた時はお互い様だ」

(いざとなれば私が翼を広げて飛べばいいだけ)


「そうだね、それなら少し安心だよ。でも危険なことに変わりはないから、“覚悟”だけさせてくれ」


 すると、ラヴは目を閉じた。


 何か呪文でも唱えるようにブツブツと口元が動いている。

 何事かと思いAIがラヴの口元に耳を寄せると……。


「無事に帰ってこれますように……」


パチッ


 ラヴが覚悟を決め切ったのか、目を開けた。


「うわぁ!! 何してんだい!」

「いや、それはこっちのセリフでしょ! おまじないでもしてたの?」


 AIの顔が思ったよりも近くにあったので少しドキッとするラヴ。


「そ、そうだね。“お祈り”っていう人間の習慣を真似してみたんだ。人間は困難なことや危険にさらされると“祈る”っていう無駄に思える行為をするだろ? それで運よく困難を乗り越えられたら、“祈りが通じた”って信じるわけだ」

「確かにそうだね、“神”を信じるか否かって事かな? でも本当に困った時は藁にもすがる想いで“お祈り”するしかないんだよ。きっと……」



「それなら、今まさにぼくたちの状況が“それ”じゃないか。こんな危険な山の頂上を目指すんだから」

「神ねぇ……、私はあくまで自分を信じる。そしてラヴを」



キュイィィーーー……ン


カチャカチャカチャ……


 太く頑丈そうな鉄のリングがAIとラブの腰回りを連結していく。

 それはチェーンとなって二人をつないだ。


ギュッ! グイッ!!!


「うぉゎ!」


 ためしにチェーンを引っ張ってみると確かに十分そうな強度であるのが分かった。

 いきなり引っ張られたラヴはしかめっ面をしている。


「よし、じゃあ行くよ! ここからは二人三脚で進むようなもんだ、頑張ってついてきてね」

「望むところさ! ……っとその前に、ピッケルを二本ずつお願いします!!」






■■■■■■






ビュオンッ!!!


ガギィンッ!!



「ぐおっ!」


「大丈夫か!!」


「あぁ。ちょっと足元が滑っただけだよ」



ガギッ!! ザグンッ!!



 二人は頂上を目指して登攀(とうはん)を続ける。

 二本のピッケルを駆使しながら一挙手一投足、着実に確実に上を目指す。


ビュゴンッッ!!


「っく! なんか風がさっきよりも強いぞ! まるで殴られているみたいだっ!!」


ギュゴンッ!!


「あぁ、目もまともに開けられなくなってきた」


ザグッ ガキンッ!!


 それでもまだ二人は鎖で繋がっている安心感があり、上を目指していた。


ギュゴォオーーー!!!


「ぐわぁぁ!!」


 強風に揺られラヴの足元が氷から離れた。

 氷壁に刺さっているピッケルにラヴの全体重による負荷がかかる。


「絶対に手を離すなよ! 落ち着いてアイゼンを氷壁に差し込むんだ!」


ギュゴォォン!!!


 だが、さらなる強風が二人を襲う。


「きゃああああ!!!」


グンッ!!


「なにぃぃーー!!!」


 ラヴに注意を払ったせいで今度はAIが強風に煽られて飛ばされてしまった。

 彼女は完全に体ごと落下し、逆さ吊り状態となってしまった。

 ピッケルにつかまるラヴの手にAIの体重が覆い被さる。


ズズッ!!


ビュゴゴゴォオオ!!


「ぐくっううぅ……。絶対に…… 離さない!!」


 必死の思いでピッケルにつかまり続けるラヴだが、氷壁の方が先に限界を迎えそうだ。


ビキビキキッ!!



バッシューーーン!!


「こ、この音は!!」


 ふと手にかかる負荷が軽くなる。


ザグン ザグンッ!!


 アイゼンを氷壁に刺してから下を見る。


「AIーーーーー!!!!」


 そこにやはりAIの姿は無かった。



「くっそおおおおおぉ!!!!」


 AIは二人とも共倒れになるのを恐れて自分のチェーンを焼き切ったのだ。

 おそらく一瞬の判断の迷いが命取りになる場面だった。


 会話をしている余裕は無かった。

 あきらめざるを得ない。


 しかし、事の発端は自分に責任があると思うと悔しくて仕様がない。


「信じろ! AIなら絶対に大丈夫だ。絶対に彼女は戻ってくる!!」


 そう自分に言い聞かせてラヴは登攀(とうはん)を再開する。


ジャキンッ!!

ザグン!!


 ゆっくりとだが着実に登っていく。

 極限状態における孤独の闘いが始まる。


ガヅッ ガシュッ!!


ビュオーーー!!


 足や手を氷壁から離すたびに激しい雪風が襲い掛かる。

 手足の四点で体を固定している分には耐えられるが、登るためにどこか一点を氷壁から離すと体が一気に持っていかれそうになる。


 必要最低限の力だけで登ろうすると、氷壁にピッケルやアイゼンを上手く刺すことが出来ない。

 そのため、体が大ぶりになってしまうのだが、タイミングを誤ればやはり氷壁から引きはがされてしまう。


ザグッ ガシュンッ!!


 想定以上に集中力が求められる作業だった。


ビュゴゴゴゴーー


ガガンッ ガシュッ!!


「よし、ここは少し足場が広い、ちょっと休憩しよう」


 ラヴは少しだけ出っ張ったスペースで立ったまま氷壁にへばりつき少し休む。

 上を見上げるが、ほぼ垂直の壁となっている。

 吹き荒れる風は暴風雪となっており、頂上を視認する事は出来ない。

 あとどれくらいの距離感なのかも分からなかった。



「ふふ、いいね、それでこそ登り甲斐があるよ!!」


 だが開き直ったのか、彼はこの緊迫した状況において軽い興奮状態になっているようだ。


「なんだか、ワクワクしてきたぞ。絶対に登ってやる!!」


 まるで少年のような表情で絶壁に対峙するラヴ。

 その視界の先にある上空はホワイトアウト状態となっている。


ジャギィッ! ザック!


ギュゴオォォーー


 暴風雪がこれまでにも増して強くなる。

 まるで頂上に登ろうとする者を排除するかのように逆風が吹き荒れる。


「負けるもんかぁー!!」


 先日AIに生成してもらって身に着けているアイアンウォームプロテクターの機能もこの辺りが限界のようだ。

 つまり外気温は少なくともマイナス40℃を下回り、暴風雪によってラヴの顔面には雪が積もり始めている。


ギシギシ……


ガギョッ! ガヂン!!


ピュゴロロロローー!!


「っぐぐぐぐ!!」


ザギュッ! ガシュンッ!!


ギュゴゴゴゴーーー


「っあははははは!! いいぞ! 楽しいぞ!」


ガガガガガガッ!!!


「うぶぶっ!!」


 これまで暴風にまぎれた雪は粉に近い状態だったが、だんだんとその粒が大きくなる。

 まるで(ヒョウ)のようなつぶてが意思を持つかのようにラヴを攻撃する。


ガガガガガガッ!!!!!


「ぐごぉおおお!!」


 何かおかしいと異変を感じ始めたラヴだがどうすることも出来ない。

 それでも前に進もうと試みる。


ガシュッ!! ズガン!!


ズガガッガガガッ!!!


「いてえぇぇぇんだよおおおおおお!!!!!」


ガンッ!!


ズガガガ!! バチンッ!


「うわっ!! あぁぁぁぁっぁ!!!」


 右足のアイゼンを氷壁から離して再度壁に突き刺すところで、(ヒョウ)が足元を集中攻撃した。

 それによってバランスを崩し、右手もピッケルから手を離れてしまう。

 左手と左足のみで体を支える状態となった。

 それでも(ヒョウ)は容赦なくラヴの左手左足を攻め続ける。


ズガガガガガガガガ!!!!


「くっそおおおおお!! なんなんだよ!! っぐわぁぁぁぁ……」


 だが、ついに左足も氷壁から引きはがされて残すはピッケルを掴んだ左手のみとなった。

 ホワイトアウトに視界も奪われてラヴには何が起きているかも分からない。

 気づけば最後の左手もピッケルから離れていた。




「あっ……」




ギュゴゴゴーーー



 白い霧の中で落下していく感覚だけがあった。

 何とかしないといけない、でもどうする事も出来ない。



 もうだめか……

 ここまでよく頑張ったな……


―――――

第60 完


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