第55話 標高5000メートル
ギュン!!
黒い点が滑空してくるのは見えたが、成すすべなく二人は防御の構えだけで対応する。
ズゥァボ!!!
滑空する物体はAIたちにぶつかる直前に飛翔角度とスピードを変え上空に消える。
だが、その直後にその物体が発生させた衝撃波がAI達のたっている大雪渓エリアの広範囲を襲った。
衝撃波が大雪渓の表面をまるで絨毯のようにめくっていく。
バッギャァァン!!!
メキャメキャメキャメキャ!!
「っぐ!!!!!」
「っがぁ!!!!!」
衝撃波により吹っ飛ばされる二人はなんと空中で姿勢だけを整える。
「AI! ピッケルを使って勢いを殺すんだ!!」
ラヴがそう叫ぶも、AIはピッケルなどとうに手放していた。
「何してんだ! せっかくの道具をー!」
「はぁぁっ!!」
(私には道具必要ないんだから!)
ビュンッ!
ズガガガガガァァン!!
AIは自分の拳を全力で突き出して地面の雪渓を叩く。
それによって衝撃波の勢いが相殺されて静止に成功した。
「な、なんていう手段で止まるんだ! あガガガが……」
ラヴもピッケルを思い切り地面に突き刺してなんとか動きを止めた。
「AI!! ぼくにライフルを!!
「OK! DiCE!!」
ラヴの専用ライフルを取り出すと同時に自分のショートソードも取り出す。
「ところで、さっきの衝撃波は一体何だったの?」
「ぼくも推測でしかないけど、おそらく鳥かなんかが超高速で滑空したんじゃないかな」
再び鳥が攻撃してこないか空をキョロキョロと見回す。
「いたぞ!!」
今度はAIが空に浮かぶ黒い点を発見する。
さきほど発見した場所よりも遠くにいるようで、かなり小さい点になっている。
すかさずラヴも向きを変えて黒点をスコープ越しに捉える。
「ダメだ、まだ射程外だな。おそらくこれを外したらぼくたちはやられる……」
「はぁ!? いきなりそんな緊急事態なの?」
「やつだってバカじゃない。次はさっきよりもより強力な衝撃波を繰り出してくるはずだ。ぼくらを完全に仕留めるためにね」
「だったら、私がおとりになる!!」
「いや、それじゃダメなんだ。やつがこっちに向かって、このライフルの軌道上にいてくれないと、弾を命中させられないんだ。逆に言えば、それこそが奴を仕留める最大のチャンスでもある!!」
「くそぉ、じゃあ私に何かできることはない?」
「うーん……。ぼくが弾を発射した直後、ぼくを抱えて遠くに飛んでくれ! それで少しは衝撃波の直撃は免れるはず」
「ん、ちょっと待って、やつを先に倒せば衝撃波は発生しないんじゃないのか?」
「いや。このライフルの射程で奴を倒せても、おそらく既に衝撃波は発生していると思う……」
「なるほど、奴自身が衝撃波よりも高速に移動しているってことか?」
「くるぞ!!」
キーーー……ンン……
バオンッ!!
バオンッ!!
先ほどもよりもやはりスピードが増しているように見える。
そして、既に黒点の周りに目視できるほどのソニックブームが展開された。
ラヴがライフルを構える。
弾丸には先日工場で新たに作成した着弾時のダメージが大きいHPを装填している。
スコープにわずかに小さい黒点が視えた。
「カウントダウンするよ……。 3、2……」
ギュオォォー……!!!!
「1……」
・・・
・・・
・・・
ガチ
シュパァンー……
シューーーーーーッッ!!!
・・・
・・・
・・・
チュン!!!
ドグシャァァッッ!!!!
ラヴの放ったライフルの弾丸が向かってくる鷲の眉間に命中する。
向かってくる鷲の勢いも重なって、直撃すると鷲の頭は激しく破壊される。
「やった!! AI!」
ダンッ!!
ガッ!
即座にラヴを抱え込んで後方に出来るだけ遠くにジャンプする。
ズザァ……
着地と同時に複数の衝撃波と破壊された鳥が飛来する。
ジュガガガガァァン!!!
ブウォン!!!
ズッガガッァァァン!!
!!!!!
バラバラバラ……
激しい砂埃が舞い、辺り一面の雪渓に大きなクレーターが出来ている。
ガラガラ……
「ぐぐぐ……。な、なんとか無事だったか……。ん、AIは無事か?」
雪渓やくだけた土をどかしながらラヴが立ちあがる。
AIの腕と上半身が見えた。
下半身はまだ瓦礫に埋もれているようだ。
「ぐっくく……」
「今出すから待ってて!」
まだ力の入らないAIの腕を掴んで上に引き上げる。
思ったよりも軽かった。
ガラガラガラ……
それもそのはずだ。
彼女の下半身、ひざ下は衝撃波のダメージで両足とも切断されていた。
「うわわわわ!!! だ、大丈夫か! AI!」
「う、うん、多分平気。メインが壊れていなければ、【再生】出来るから……」
キュイィィーーー……ン
AIの失われた下半身が少しずつ元の姿を取り戻していく。
先日、工場で見つけたステンレス素材で身体を強化したにもかかわらず、足を全て失うほどのダメージとはどれほどのものか。
彼女のおかげで直撃は免れたラヴは身震いする。
改めて周りの状況を確認すると、ラヴは自分のいた場所がAIよりも後方で、彼女が身を挺して自分を守ってくれたことが分かった。
「また借りが増えちゃったな……」
■■■■■■
ザクッ ザクッ……
鷲との戦闘後、体勢を立て直し、少し休憩してから再度出発した二人。
大雪渓のエリアは登るにつれてより厳しさを増し、まるで雪山のようになってきた。
呼吸しない二人は息を吸ったり吐いたりもしない。
そのため、人間のような高山病や肺機能低下による障害などもへっちゃらだった。
しかし、超低温になるとやはり電子機器も上手くは機能しなくなる。
特に問題となるのはバッテリーだ。
どうしてもバッテリーは通常の温度帯以外では上手く作業しなくなる。
AIの場合は、バッテリー保護システムが稼働し制御しており、メインが凍結しない限りは問題ないようだ。
しかし、ラヴはそうはいかない。
以前AIが上空1万メートルまでラヴを抱え込んで飛び上がった時に、彼は凍結してしまった。
バッテリー自体もそうだが、彼のメインシステム自体もエネルギーそのものを変換している訳ではないため、体内温度の制御が難しいのである。
そこで、考えて造り出したのがラヴ専用“アイアンウォームプロテクター”、つまり鉄製のジャケットだ。
体のバッテリーとつなげることで、省電力ながら凍結しない温度帯に体を保ってくれる。
外気温がマイナス40℃までなら大丈夫な設計となっているので、ヒマラヤ山脈の頂上でも問題はないはずだ。
しかし、それでも体内と体外の温度差による結露は免れない、それによって体中がギシギシと凍てつく。
「はぁ、はぁ……。おいラヴ。いい加減、温泉は本当にあるんだろうな!!」
「あぁ、この先に絶対あるはずさ! ぼくを信じてくれ……」
ラヴもうすうす感づいてはいた。
もしかしたら、この先にいくら登っても温泉などはないかもしれない。
だが、「ここまで来て諦めてたまるか」という気持ちが勝ってしまい、後戻りすることは考えないようにしていた。
「ラヴがそう言うなら信じるしかないな……」
(思った以上に頑固な部分もあるんだよなぁ……)
ザックッ……
ザックッ……
「ところでさ、今標高どれくらいなんだ? 確か、槍ヶ岳って言ったっけ? 頂上がまだ見えてこないぞ?」
「うん、槍ヶ岳で間違いないはず。標高は3180メートルだから、まだ標高はそれ以下のはずなんだけどなぁ……」
二人とも登山のスペシャリストでもなく、北アルプスへ来たのも初めてだったので、今置かれている状況が以前の槍ヶ岳と違っていることに気付けるはずもなかった。
この時彼らが立っている場所はすでに標高5000メートルを超えていた。
―――――
第55 完




