第40話 海は危険がいっぱい!1
ザッパァーー
ザッパン!!
ザザァーー
バシャバシャ!!
「あははは!!」
バシャバシャ!!
「キャー!! あはは!」
初めて海へやってきた二人は大岩が立ち並び激しい荒波となっている海岸で走り回って遊んでいる。
「ここかー!!」
バッシャン!!
「うひゃーー!」
岩陰に隠れながら、海水をかけ合って遊びに夢中な様子。
ブクブクブク……
ブクブクブク……
いつの間にか二人は周囲を大小さまざまな泡で包まれていることに気付かない。
(あはは、やっぱり海って楽しいなー。海に来て良かったー!)
「あれ、ラヴー!!」
さっきまで自分のすぐ後ろにいたはずのラヴが振り返っても姿が見えない。
(どうせ、そこの岩陰にいるんでしょー!)
「それ!」
バシャッ!
だがそこには誰もいなかった
(あれれー外したなー……)
すると自分の背後から「バシャ!!」っと海水をかけられる。
「やったなー!!」
「あははー」
振り返るとラヴも後ろ姿を向けて海の方へと走っていく。
(私と泳いで勝負するつもり? いいじゃん! 乗ってあげるよ!)
ラヴはそのまま荒波に飲まれるように消えていく。
AIも意を決して海中に体を沈める。
(はぁぁー、ブクブクブク……。って私は別に息を思い切り吸い込む必要なんてなかったか……)
ザバザバザバザバ……
岩の近くはまだ波が荒く、水中は砂が混じるためラヴの姿が確認出来なかった。
(くそー、あいつどこまで行ったんだー)
ゴボゴボゴボゴボ……
AIは水中で平泳ぎをしながら荒波に逆らってより沖の方へと進んでいく。
海岸の岩場エリアを過ぎると、波も少し落ち着いた様子だった。
まだAIでもギリギリ足が届く深さだがラヴではとっくに足が届かないはずである。
しかし、見渡してもラヴの姿が見当たらない。
「ブハッー、おーい!! ラヴー!」
叫んでみると、10メートルほど先でバシャバシャと海面が波立つ気配があった。
(よーし! 先回りして驚かしてやるんだから)
ゴボゴボゴボ……
AIは水中へ潜ると平泳ぎをしながらグングン前へ進む。
夕方に近いせいか水中の視界は悪く数メートル先までしか確認できない。
だがAIはおおよその感覚でさきほどラヴがいたと思われる場所まで移動する。
すると、海底をゆっくりと走ってるようなラヴの足元だけが暗闇の中で視えた。
『そ゛こ゛に゛い゛た゛の゛か゛ー゛! ま゛て゛ー゛!』
AIはその足を追いかけて海中を進む。
だが、追っても追ってもなかなか追いつかない。
目の前にいるという感覚がAIをどんどんと海の奥へといざなう。
浜辺からはすでに大分遠ざかっている。
ライフセーバーがいたなら確実に呼び戻される距離と言えるだろう。
(おかしいなぁ、やっぱり海中だから思ったようにスピードが出ないのかなぁ)
海中なので光もだんだんと薄暗くなり、ラヴの足元も少しずつ影を薄めていく。
泳ぎ出してから10分以上は経過しているだろうか。
AIもそろそろ不安になりだした。
(そろそろ戻らないと、でもラヴが目の前にいるんだよ……、あれ……本当にラヴだよね?)
『ッゴボ! ウ゛!』
すると突然、AIは胸が苦しくなりだした。
(なんだ、突然、おかしい……か、からだが……おもい……)
AIはもがきながらもここで初めて自分の残りEPを確認する。
ピピ
『EP 0004/2000』
ッピ
『EP 0000/2000』
『アバガバボ……』
AIが残EPを確認した瞬間、表示が0になった。
しかもここは海中である。
体が鉄でできており肺を持たず気体が体内にない彼女の体はそのまま海中へ沈んでしまう。
波がそのまま彼女をさらに沖の方へと推し進めていく。
ブクブクブク……
海底の暗闇から泡を出しながら現れたのは果たして……。
■■■■■■
一方、その頃岩場付近では……。
バチン! シュバッ!
「っく! 思ったより素早く動くぞこいつら!」
(それにしてもAIのやつはこんな時にどこへ行ったんだ!)
ラヴはブクブクと泡が自分たちの周囲に広がっていたことに気付き、慌てて海岸まで戻っていた。
その後、岩場から大量の泡を発生させているカニ達が姿を現した。
体長は1メートルほどだが、伸縮する鋭利な爪を左手に隠し持っており、それを合わせると2メートルほどの大きさがある。
ラヴは即座にカニの情報をサイネットで調べると、バブルクラブというモンスターであることがわかった。
さらにやっかいなのが、別名“ウラシマガニ”と呼ばれるその名に由来したやつらの特徴だった。
どうやら、やつらが作り出している無数の泡に囲まれると、対象の生物に幻覚を見させて、海底へうまく誘導してしまうようなのだ。
陸の生物なら引き込まれた時点でアウト。
海洋生物でも幻覚によって最終的にはバブルクラブにそのまま捕食されてしまう。
とても恐ろしいモンスターに違いはなかった。
ただAIやラヴのようにAndroidやハーフロイドに対しても幻覚作用が効くとは思えず、実際ラヴに幻覚は通用していなかった。
そこでラヴは改めて考える。
AIの場合は特殊でAndroidとは言え自身のアイデンティティを確立している。
また、人間で言う感覚器官に似た電子回路を自身で創り出しているため、ほとんど人間と大差はない。
やはりAIも幻覚の罠にハマったと考えるのが妥当と言えた。
「だとすれば、こうしている間にもAIの身に危険が迫っているってことだ!」
(一刻も早くAIを助けにいかなきゃ!)
だが水着一枚着ているだけのラヴにとって、目の前のモンスターに太刀打ちする手段がない。
海に近づこうとしてもバブルクラブが攻撃をしかけてくる。
「くそぉ! 何か武器がないと、ぼくの攻撃力じゃダメージを与えられないぞ……」
ラヴは海に行くのをいったん諦めて、さきほどの海の家まで走って戻る。
ダッダッダッダッダ……
バブルクラブも追いかけて海の家の近くまで迫ってくる。
獲物を見つけたらとことん追いかけくるつもりらしい。
ガサガサガサ……
ブクブクブク……
「えーっと、さっきこの辺に確か……」
(あった!!)
バブルクラブの群れがすぐ背後まで迫っている。
ラヴはやつらの足音で接近されていることは把握していた。
ガサガサガサ……
ラヴはテーブルの陰に隠れながら再度別のテーブルの陰に隠れるように前転しながら移動する。
ゴロゴロゴロ……
ガサガサ……
(今やつらは全部で五体)
ガバッ! ッヒュン!!
ッズダン!!
ラヴは立ち上がると同時に勢いよくジャンプしてテーブルの上に降り立つ。
そして、バブルクラブが爪やハサミで攻撃をしかけるよりも早く動いた。
ダァン! ダァン! ダァン! ダァン! ダァン!
海の家から聞こえたのは激しい銃声の音だった。
ラヴはホルダーから素早く抜いたハンドガンの引き金を五回連続で引いていた。
その銃弾全てがバブルクラブの弱点である目と目の間にある触覚に命中した。
バブルクラブは文字通り、泡を吹いて息絶えたようだ。
「銃弾が通じて良かった……」
さっきサイネットで既にバブルクラブの弱点について確認していたラヴはハンドガンさえ手にすれば倒せると考えていたのだ。
ハンドガンは以前、AIが造ってテストした後に渡してもらったものだ。
その後、専用のホルダーを作成して大事に装着していたが、水着になった時に邪魔なので外していたのだ。
「それにしても、これがあって助かったぁ……」
ハンドガンを改めてまじまじと眺める。
AIは素の力が強く、直接攻撃が得意だが、ラヴはその逆で体が小さいこともあり、直接攻撃には向いていない。
だがそれを補うのが彼の銃を扱う才能だった。
(おっと、いけない。AIがピンチなんだよね!)
「もしかしたら、海中は重力による恩恵がうまく得られなくてエネルギー枯渇に陥ってるんじゃ……」
途端に彼の中での不安が加速する。
「それにもう夕方をすぎて暗くなってきている。太陽光の力も得られない……」
(これはすごく、すっごくまずい状況だぞ……)
ラヴは急いで海の家をでて再度海まで戻ってきた。
今度は腰にハンドガンとナイフが入ったホルダーを装着している。
ザザァー
ドッパン……
サブサブサブサブ……
「潮が満ちてさっきよりも波の位置が高いぞ……」
(いそがなきゃ!!)
ラヴは急いで荒れ狂う波の中へ潜り込んで行く。
ジャバァ!!
ザブザブ!!
ドッパァァン!!
ザブザブザブ……
「くそぉ!! どうしてだ! なかなか前に進めない!」
ジャバジャバジャバ!!
ドッパァァンンン!!!!
ザブザブザブ……
ラヴは必死に泳いでいるが、波の力が思ったよりも強く、岸の方へと押し戻されてしまう。
ジャバジャバ!
ザップーーン!!
(負けるもんか!! いっつも、いつだって、AIはぼくのことを見捨てなかった!!)
「だから、ぼくだって絶対にあきらめない!!」
ゴボゴボゴボ!!
グイーグイーグイー
「ッブハーー!!」
なんとか、荒波の下をかいくぐって沖の方までやってこれた。
(海中の中はもうこんなに暗いのか、くそぉ……。これじゃあ先がほとんど視えない)
ラヴは潜ってAIの捜索を続けるが、せいぜい1メートル先が見えれば良い方だった。
(そうだ!!)
『サーチライトモードON!!』
ヴィーン!!
ラヴは対象物を分析したりする時に使用する、“サーチライトモード”を使用して、自分の目を懐中電灯代わりに海底を照らす。
それでも、視界を確保できるのはせいぜい3メートルほどが限界だった。
(おそらくAIはEPが底をつきた後、自重で海底に沈んでいったはずだ。流されたとしても、そんなに遠くには行って無いはずだ)
『A゛I゛ー゛ー゛ー゛ー゛!!!』
『と゛こ゛た゛ー゛ー゛ー゛ー゛ー゛!!』
無駄だと分かっても、海中で叫ぶ。
『A゛I゛ー゛ー゛ー゛!!』
海底を闇雲に探し続ける。
もはや方向感覚も無い。
地面があるのが分かるだけで、何メートル下まで潜ってきたのかも分からなくなっていた。
『!!!』
(AIか!?)
……と思ったら、ひときわ大きな海藻だった。
(くっ! ぼくは絶対にあきらめないぞ!)
『AIー!! て゛て゛こ゛ー゛い゛!!』
だが何の反応もなく、海底の静寂さが広がる。
しばらく進んでいるとラヴのサーチライトモードに反応した小さな魚が集まってきた。
(お願いだ、お魚さんたち! ぼくを彼女のもとへ連れてってくれないか!)
ゴポゴポゴポ!!
その時、海底の静寂さを打ち壊すかのように猛スピードで何かの魚が光の前を横切った。
『な゛、な゛ん゛た゛! 今゛の゛は゛!』
(すごく大きかったぞ!! 敵か!!)
ラヴは腰のホルダーに手をやりすぐさまハンドガンを構える。
辺りをキョロキョロと見回してライトを照らすが、さきほどの巨大魚は見えない。
(あれれー、どこに消えたんだ)
ゴポゴポゴポ!! ッドン!!
『う゛わ゛ぁ゛ー゛ー゛ー゛ー゛!!!』
何かが背中にぶつかって姿勢を崩す。
(な、なんだぁ!)
おそるおそる後ろを振り返ると……
『ん゛ー゛ー゛!!』
(イ、イルカさんだぁ!! ぼくを助けに来てくれたのかい!!)
かわいらしい見た目をしたイルカが「うんうん」と顔を縦に動かす。
間近で見ると、結構な迫力があることに驚く。
『あ゛り゛か゛と゛う゛!』
『て゛も゛ほ゛く゛は゛い゛ま゛』
『ひ゛と゛を゛さ゛か゛し゛て゛い゛る゛ん゛た゛!』
話しながら、身振り手振りで状況を伝えるラヴ。
すると、今度は「クイックイッ」っと頭を後ろに動かすイルカ。
(え、もしかしてぼくをAIのところまで連れて行ってくれるのかい!?)
「そんな馬鹿な!」と思いつつ、何となく意思の疎通を感じたラヴはハンドガンをホルダーに戻してイルカの背中にまたがった。
(よっこいしょっと……)
ギュイー――ンン!!
すごいスピードで海底を進むイルカ!
ラヴは背ビレを掴んで落とされないように必死だ。
イルカは迷わずどこかに向かっているようだ。
ギュン! ギュン!
(すごい! こりゃ早いぞー!)
ラヴは必死に目を開けて前方を照らしながら、AIが無事でいることを信じる。
しばらくすると、目の前に他のイルカたちの群れがいるのが分かった。
『こ゛ん゛は゛ん゛は゛! イ゛ル゛カ゛さ゛ん゛!』
イルカに通じているか分からないが、挨拶をするラヴ。
一緒になってラヴとイルカの群れがAIを捜索する。
前方だけでなく左右にも首を振りながら、捜索を続ける。
ゴポゴポゴポ!!
クイックイッ!!
一匹のイルカが何か反応を示しているようだ。
他のイルカたちもそれに習って方向転換する。
イルカの聴覚は人間の七倍とも言われる。
彼らはこの広い海で超音波を発する事で仲間とのコミュニケーションを取り、エサを探す。
彼らが聴き取ったのは絶対に人間には捉える事の出来ない微弱な音。
それはAIの体内にあるごくごく小さな電子回路やバックアップシステムが僅かに作動している音だった。
ギュン!!
ギュン!!
ギュン!!
再びすごい勢いで加速するイルカさん。
まるで何かを見つけたようなスピードだ。
今度こそ、期待が高まる。
やがて視界の先にまた一匹のイルカが現れた。
ゴポゴポゴポ……
『!!!!!!!!』
目の前にイルカがいたと思ったら、AIを匿うようにクルクルとその周りを泳いでいる。
『A゛I゛ー゛ー゛ー゛ー゛!!!』
(やっと見つけたぞ!!)
―――――
第40話 完
バブルクラブ(別名:ウラシマガニ)
口から大量の泡を放出して対象に幻覚を見せ海へ引きずり込む。海の中でも俊敏な動きは可能で右手のハサミ左手の伸縮する鋭利な爪で攻撃する。泡の幻覚作用は生物の感覚器官などに作用する。AndroidのAIにも通用したが、ラヴにはあまり効果はなかった。
ボーンフィッシュ
対象物の骨まで食らうことからついたネーミング。
またその見た目も体表を覆うウロコの形がまるで内部の骨が浮き出ているようにみえることからそう名付けられた。




